金井啓子の現代進行形

ワクチン接種が遅れる日本

2021年4月22日

人と人との心の分断に不安が

 毎月10人近く、時にはもっと多くの人数がレストランに集まって、飲み食いしながら意見を戦わせる勉強会に参加するのが私の楽しみのひとつだった。だが、その会合がオンラインで開かれるようになってしばらくたつ。「いつになったらリアルの対面ができるのかな」と誰かが言うと、「当分は無理だね」と答えていたのが、最近は「ワクチンをみんなが打ち終えたら」という言葉に変わった。

 国内では、ワクチン接種が医療関係者だけでなく高齢者にも始まった。菅首相はファイザーのCEOとの電話会談を行い、その後の会見で9月までに国内の対象者に必要なワクチンの追加供給を受けるめどが立ったと語った。

 接種を優先されるべき事情がない私のような人間も、接種の見通しが多少なりとも示されたことには安堵(あんど)を覚えた。だが、コロナをめぐる昨年来の国内の混乱ぶりを思い返すと、楽観視するわけにもいかない。コロナ関連で各国を比べた時、ワクチンの接種ほど差が激しいものはない。いくつかの国では相当な割合の国民への接種を終えて日常を取り戻しつつあるのに比べると、日本の遅れは歴然としている。

 私には、いくつかの外国に住む知人たちがいる。そして、彼らとはメールなどでワクチンについて話すことがある。先日そのうちのひとりが、まもなく接種を受けると話した。「すでに受けた同僚が多いし、私もそろそろ」と言っただけなのだが、私は自分がその言葉にたいそう不機嫌になっていることに気づいて驚いた。その人は単なる事実を述べたに過ぎない。だが、ワクチン接種が済まず不自由な生活を強いられ、確実に接種を受けられる日が見えない私には、あたかも「ワクチンを受けられるなんて当たり前じゃないか」と、不愉快な自慢話を聞かされたような気分になったのだ。私はその人の優しい人柄をよく知って長年親しく付き合ってきたし、冷静に考えればそんな嫌がらせを私にするわけもない。それがこの不快感。自分の心が不安とねたみにさいなまれていることを認識して、震撼(しんかん)した。

 同じく外国に住む別の知人も、まもなくワクチン接種を受ける見通しが立った。その知人の周囲では接種後にSNSでそれを報告することがはやっていて、時にはそれが勝ち誇ったような書きぶりになることもあるという。だが、その知人は世界の多くの人がまだ接種を受けられていない今、そうした行動は控えようと考えていると話した。

 ワクチンを受けた人が世界中で増えていくことは、病気に打ち勝つ日に近づくことを意味するはずだ。それを素直に喜べない私が情けない。病は身体だけではなく心までむしばむのだと実感している。国内のワクチン接種が順調に進まない場合、レストランでの勉強会ができないだけでは済まされない。人と人との分断の火種もあるのだと感じる出来事だった。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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