金井啓子の現代進行形

孤独な自宅学習で培った思考力

2021年5月13日

オンライン授業の思わぬ成果

 私が勤務先の大学で担当している授業科目のひとつに「日本語文章力養成」というものがある。漢字の読み書きや慣用句の知識を問う小テストの回もあれば、テーマに沿って作文を書く日もある。メディアへの就職を目指す学生が多い専攻でもあり、こうした能力を伸ばすことが肝要だと考えてこの科目が設定されている。だが、たとえメディア以外の職に就くとしても、文字を使って相手に考えを伝える基本的な力は役に立つため、多くの学生が受講している。

 さて、1年生の前期と後期にこの講義の第1、第2段階を履修し終えた新2年生たちが、第3段階を今学期からとり始めた。作文の字数制限は400字以内とかなり少ないが、必ずひとつだけ自分が経験したエピソードを盛り込むことが条件となっている。最初の作文のテーマは「私が日本語の文章を上手に書けるようになりたいと思った瞬間」とした。

 彼らが1年生だった時、前期はすべてオンライン授業であり、後期も教室で受けられる授業はごく限られていた。つまり、基本的には1年間自宅にこもりパソコンの画面を通じた授業を受けていた。オンライン授業となったことが影響して、どうやら学生が提出しなければならない課題の数も文字数も例年に比べて飛躍的に多くなったようなのだ。周囲の教員に聞き取りをしたわけではないので確たることは言えない。

 だが、私自身の授業のことを考えてみても、教室で目の前にいる代わりに、画面の向こうにいるかいないか分からないような気がしてしまう受講者たちには、授業を受けていたという「証拠」を明白な形で示してほしくて、つい課題を多めに出してしまったのかもしれない。

 さて、初回の作文では、入学してからひたすら自宅にこもり課題がやたら多くてたくさんの文章を書く1年間を「しんどかった」と描写する学生が多かった。

 私が担当する別の授業で、この2年生たちに授業を終えて考えたことを書くミニリポートを提出させてみて驚いた。例年の2年生に比べて内容が「濃い」のだ。たまたま、今年の2年生は元々そういう思考能力が高い学生がそろった可能性もある。

 だが、大学生になっても友達も作れずひたすら家にこもって授業を受けて課題をこなすという苦行の日々が、深い洞察力と明晰(めいせき)な文章力という形で昇華した可能性もなくはない気がしている。彼らの多くはこの1年間を「空白」「何も得られなかった」と捉えているのだが、そうではなかったのではないだろうか。

 ひるがえって、この1年間の苦行は私には何をもたらしたのだろうか。4月に一時的に教室で出会うことができた後、またもやオンライン授業に逆戻りしてもなんとか踏ん張ろうとしている学生たちに少しでも報いるような「濃い」授業をすることが、私の「成長」の証を見せられる機会なのかもしれない。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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