金井啓子の現代進行形

海外との自由な往来はいつ

2021年6月10日

目立ち始めた日米の違い

 半年間の在外研究を終えて米国から帰国した昨年3月、私は「あれもやろう、これもやろう」と、授業改善のためのさまざまなアイデアや計画を抱えて意気込んでいた。それは、私を迎え入れてくれたサンフランシスコ州立大学でジャーナリズムの授業を見学させてもらい、教員や学生たちと語り合った結果、生まれたものだった。

 そんな計画のひとつが、ジャーナリズムを学ぶ学生たちを米国から日本に数週間迎え入れ、彼らが関心を持つ話題について取材をして記事を書いてもらう一方で、日本の大学生には彼らとの交流から学びを得てもらう、という内容だった。

 だが、コロナ禍の影響でその計画はいったんストップ。感染対策としてのリモート授業に悪戦苦闘し多忙な日々を送る中で、時々その計画を思い出すことはあったものの、自分が海外に行くことも他国からの訪問客を迎え入れることも今までにないハードルの高さとなってしまった今、当面は棚上げせざるを得なくなっていた。

 ところが、その計画を私と共に米国側から進めようとしていた友人から、つい最近メールが来た。そこには、彼女が3月から4月にかけてコロナウイルスのワクチン接種を済ませたことや、友人や親戚と久しぶりに会えたことなどが書かれていた。

 あれだけひどい状況にあった米国の回復が随分早い、日本も少しずつ追いつけるだろうかなどと内心思いながら読んでいくうちに、ある文章に目がとまった。そこには、来年の夏に北京で開かれる予定のジャーナリズム教育関連の会議に一緒に参加しないかという誘いとともに、数週間にわたって米国の学生たちを日本に連れていくプログラムを実行に移せないだろうか、と書かれていたのだった。

 このプログラムが学生に与えるメリットは間違いなく大きいから、私もぜひやりたい。でも、そのメールを見た瞬間の私の頭の中は、「海外にまた行ける日がいつ来るか、想像もつかない」「私が担当する学生たちを外国からの学生たちに引き合わせることは、いつどうやって可能になるのか」といった言葉がぐるぐる回って混乱してしまった。

 結局彼女には、日本はコロナの第4波が襲来していること、第5波の可能性もゼロではないこと、医療体制が逼迫(ひっぱく)していること、多くの反対の中で五輪・パラリンピックが開催される見込みであること、私の勤務先の大学では3度目の緊急事態宣言が明けるまではリモート授業を続ける予定であること等々を並べ、現時点で計画を検討するのは難しいと泣く泣く書いた。

 近頃「コロナ疲れ」という言葉を耳にする機会が増えた。私の場合、あの時意気込んで抱えていたアイデアや計画を封印し続けることにも疲れている気がする。あまりにも長い我慢の生活には堪忍袋の緒が切れそうで、不安でもある。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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