金井啓子の現代進行形

やはり五輪開催には反対したい

2021年6月24日

いまだ続くコロナ禍の中で強行

 今から57年前、私の母は東京西部の中学校で教員をしていた。私はその2年後に生まれたため、当時のことは覚えていない。だが、母が生徒たちとスポーツ観戦をした話は何度も聞いた。東京五輪を見に行った話である。確か、神宮球場で野球を見たと言っていたと記憶している。母は熱狂的な野球ファンではないが、家族に何度も話したということは、五輪が楽しい思い出として記憶に刻まれていたからだろう。

 さて、2回目の東京五輪の開幕が約4週間後に迫っている。

 コロナ禍がおさまったとは全く言えず、いつか五輪の中止が発表されると願い続け、その考えを表明してきた私としては信じられない思いである。五輪の最中に緊急事態宣言を出す可能性にすら首相が言及している国で、なぜ開催を強行せねばならないのか納得できない。

 最近では、無観客ならばよい、観客を入れるにしても人数を制限すればよいと、あくまでも開催が前提となっているが、なぜ中止の選択肢がないのか。万全の対策をすればよいとの声も聞くが、そもそも「万全の対策」などはこの世に存在しない。仮に存在すれば、コロナ禍がここまで長引くことはなかっただろうし、1万4517人(6月22日現在、クルーズ船を含む)の人たちは誰ひとり死なずに済んだだろう。

 それとも、今まで亡くなった人たちも、そして五輪開催で広がるコロナによってこれから死ぬ人たちも、どこかのエライ人が言った「さざ波」とみなされるだけなのか。

 私はここで諦めて恐ろしい結果を招くことは避けたいので、いま一度、反対の声を上げておきたい。正直なところ、これほど強引な五輪開催推進に向けた動きを目にして、無力感にさいなまれてはいる。だが、ここで何も言わずにいて悔いを残したくない。また、たとえ「蟷螂(とうろう)の斧」であっても数が集まればなにがしかの効果を生むとも信じたい。

 そう考えるきっかけのひとつは、英国で今月対面形式で開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)だった。開催地の英南西部コーンウォールで、サミット終了前後ごろから新規感染者数が大きく増加していると報じられている。英政府は影響を否定しているそうだが、各国から首脳やメディアが集まっただけでなく、抗議デモで人が集まり、英国全土から警察官が招集されたというから、感染拡大の条件がそろい過ぎたのだ。

 サミットとは比べものにならない規模の五輪を、英国よりもワクチン接種がまだ途上にある日本で、しかも、風光明媚(めいび)なコーンウォールよりも明らかに人口密度が高い東京で、たった4週間後に開く。どう考えてもおかしい。

 今から57年後、私はもうこの世にはいない。だが、そのころに2021年を振り返る人たちは、どのような思い出話をするのだろうか。悲しい思い出に詰まった年ではないことを願いたい。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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