金井啓子の現代進行形

コロナの訪問診療は実現可能か

2021年8月19日

母の介護で知った医療現場

 病院と言えば「通う」または「入る」ものと、昨年までの私は思っていた。具合が悪い時に患者の側が医師のいる場所へ出向くものと捉えていた。だが実際は違っていた。

 ひとり暮らしの母が認知症と診断され、足も弱っていった昨年のことだ。高血圧で近所の医者から薬をもらっていた母がひとりで通院するのは難しくなった。だが、仕事をしている弟や遠方に住む私が毎回付き添うのは不可能だった。また、だんだん食べ物を飲み込みづらくなったことで、以前作ってもらった入れ歯がまだきちんと合っているのか確認しないと危ないと言われたが、母が通う歯科は電車に乗らないと行けない。どうするべきか悩んでいたところ、訪問診療を専門に行う内科や歯科があると聞き、さっそく手続きをした。

 その結果、内科の医師が2週間に1度自宅に来て、母の様子を見ながら、高血圧だけでなく他にも必要な薬を処方してくれるようになった。薬は、薬局の人が週に1度自宅に届け、ついでに母と会話をしながら様子を見てくれた。歯科の治療は大きな機械や専用の椅子がなければ無理だと思っていたが、歯科医とアシスタントが母を自宅の居間にある椅子に座らせて、手際よく口の中を診察して新しい入れ歯を作って届けてくれた。その後も何度か入れ歯の様子を見るために訪問し、少しずつ調整しながら母が心地よく食事できる歯の状態を整えてくれた。

 診察の立ち会いを介護のヘルパーにお願いすることもあったが、誰も立ち会わなくても済む場合もあり、弟や私にとっては助かった。内科医は緊急の場合には夜中でも駆けつけるとのことだったが、通常の診察は患者側が希望する時間帯を自由に選べず、医師側があいている時刻を指定するほどの混雑ぶりだった。

 新型コロナウイルスに感染しても入院できず、自宅で療養する人が増えていることが話題になっている。医療関係者と電話で連絡を取ったり訪問してもらうという方法を政府が考えていると、ニュースなどで聞く。だが、母の介護を通じて訪問診療の一端をのぞき見た者からすると、医療関係者のどこにそのような「余力」があるのだろうかと疑問しか湧いてこない。ありもしない「訪問診療」などをエサに、感染者に自宅療養を強いるのは、欺瞞(ぎまん)でしかない。

 幸い、私はコロナに感染してはいない。だが、ちょっとした風邪や胃腸炎で自宅で寝ていても、苦しくてたまらず文字通り何もできずにただ横になるしかないことは経験上知っている。まして、肺に炎症を起こして非常に苦しくなるとされるコロナに感染したら、何ができるだろうか。どうやって何かを飲み食いすればいいのか、症状を和らげる薬や酸素はどうやって手に入れられるのか。決して余力があるとは思えない訪問診療の現場の状況を考えると恐ろしくてたまらない。

 (近畿大学総合社会学部教授)



サイト内検索