金井啓子の現代進行形

「女性初」を単純には喜べない

2021年9月9日

根底に潜む性差別

 近ごろ健康診断で思わしくない数値が出てきて医師から運動を勧められたが、あまり気乗りがしなかった。でも、健康にはかえられないと考え、近所の公園で朝のウオーキングを始めた。最初はおっくうだという気持ちが勝っていたが、鳥や虫の声を聞き、花や緑を眺めるうちに、翌日歩くのを楽しみにする気持ちが生まれた。

 ただし、時には自分への「ごほうび」を与えて甘やかすことも必要だと考えた。私の場合、それは「朝マック」である。たいていの日は歩き終えたら自宅で朝食をとる。だが、時々マクドナルドに直行して好物のメニューを楽しむことにしたのだ。ウオーキングの本来の目的から外れるのは分かっているが、長続きさせるために目をつぶっている。

 ウオーキングをするのは毎日ではなく平日のことが多い。終わるのがたいてい6時台なのだが、その時間帯に店で食べているのは、9割方は男性だということに気づいた。

 「そりゃ女の人は忙しくて朝っぱらからマクドナルドなんて行っていられないよなあ」と私は一瞬思った。と同時に、世間の多くの人たちもそう思うだろうとも。だが、次の瞬間に心に浮かんだのは「なぜ女性は行けなくて当たり前で、男性ならば行けるのか。なぜ私はそう思ったのか」という疑問だった。考えるうちに、性による役割に関する刷り込みが影響しているのだと気づいた。

 これは些細(ささい)な一例に過ぎないが、この国では「女性ならばこれをすべき」という縛りをよく感じる。とはいえ、早朝のマクドナルドに女性があふれるようにすべき、というのが私の言いたいことではない。女性に限らず男性も自分がやりたいことをやっていても、それを属性によって認められたり非難されたりしない社会になってほしい、それが私の思いである。

 ところで、私は以前ある団体で仕事をしたのだが、後になって「メンバーが男性ばかりだったから、女性である金井さんに入ってもらおうと考えた」と言われたことがある。落胆したが、そうやって女性を増やすことも大切なのだろうと思い直して仕事を続けた。ただし、「女性だから」だけではない付加価値を生み出せるように意識をしながら働いたのは、私の意地も混じっていたのかもしれない。

 さて、この国では首相をこれまで務めたのはすべて男性である。日本の男女差別の酷(ひど)さは間違いない事実だし、いつか女性首相が誕生するほどこの国が大きく変化することが望ましい。しかし、それは「女性であれば誰でもいい」ということでは決してない。女性首相という「珍奇な存在」を生み出してそれを誇るという動機のためだけに、多くの国民に害をもたらしかねない女性首相が誕生することは避けたい。それならばむしろ、マシな仕事をしてくれる首相を男性が務める時代を我慢して過ごしたい。そして、満を持して誕生する女性首相を待つのだ。

 (近畿大学総合社会学部教授)



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