吉武英行 五感の旅

歴史伝説が面白い

2020年1月13日
足利学校正門

 栃木県を訪れる機会に恵まれ、北から中央、南と2泊3日で踏破する旅を体験した。那須高原から宇都宮、日光と、北部、中部、南部とすごい急ぎ旅ではあったが、楽しい旅ができた。

 初めての訪問地でさらに伝説の多い土地柄。興味の尽きない旅である。名所旧跡お決まりのルートではあったが、「足利学校」を訪ねた際に面白い伝説を耳にした。以前から興味を持っていた、明智光秀、天海僧正説だ。歴史書によると天海僧正はここ足利学校で学んでいたという。

 光秀は信長暗殺の後、山中で農民に殺害されたとある一方で、福島へ落ち延びたという説もある。天海僧正は福島の出身であり、諸説もいろいろあり、徳川家康から3代にわたり君臨したという。本能寺の際、光秀は家康一行を無事に逃げ延びさせた。女傑春日局は光秀の謀将斎藤内蔵助利三の娘である。日光男体山の高地には明智平という地名もあり、なかなか興味がつきない。

 そんな旅の後、つい先日白山国立公園に取材に訪れた際、降雪で公園内に行けず、近くの白川郷を訪ねてみた。その白川郷近くに「帰雲城」(かえりくもじょう・きうんじょう)埋没跡がある。伝説好きの筆者は歴史・秘められた伝説に好奇心が頭をもたげてくる。

 天正13年の東海・近畿・北陸を襲った巨大地震で帰雲山が大崩落を起こす。これによって帰雲城をはじめ、時の城主、内ケ島兵庫頭氏理以下、一族家臣と城下300余件、推定500人余り、牛馬に至るまでことごとくが埋没したという。かつて金銀を産出した白川郷だけに、一夜にして埋没してしまった帰雲城には、内ケ島氏が蓄えた黄金が埋まっているという伝説が今なおロマンとして語り継がれている。

 きりがないほど興味深い数々の伝説は、またの機会に紹介していきたい。

(ホテル・旅館プロデューサー)


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