吉武英行 五感の旅

剛健な国宝美 松江城

2020年2月17日
脳裏に刻まれ離れないほどの美しさを誇る松江城の堀

 急な思いつきもあり、山陰島根の「国宝松江城」を訪ねてみた。

 特記すべきは他に類を見ない堀の美しさで、脳裏に刻まれ離れないほど。松江城は現存12天守の一つで、しかも国宝5天守の一つでもある。4重5階だが地下に穴蔵があるので5重6階とも言われている。二重櫓(やぐら)の上に三重櫓を載せた形、望楼型天守の典型で実戦的な構造となっている。

 関ケ原合戦の論功行賞で出雲、隠岐24万石を得た堀尾吉晴、忠氏父子は最初、戦国大名尼子氏の居城であった月山富田城に入ったが、山城だったことと海に遠く、また24万石に見合う城下町を造る空間がなかったことから、宍道湖近くに城を移すことになったという。

 城を移す時、父・吉晴は洗合山(あらわいやま)を候補地とし、子・忠氏は亀田山を主張し意見が分かれてしまった。城地確定に手間取っている間に忠氏が27歳の若さで急死してしまい、吉晴は孫にあたる幼い忠晴を後見しながら、子・忠氏の遺志を尊重し、亀田山に城を築いた。

 これが松江城である。堀尾氏の後、京極氏が入り、1638(寛永15)年に松平直政が信濃松本城から移り、松平氏が幕末まで続いて明治維新を迎えている。

 2015年、五つ目の国宝天守に指定。宍道湖の美しさと相まって、魅了するこの城には父子の思いが交錯する物語があった。

 (ホテル・旅館プロデューサー)

 ■松江市殿町、JR山陰線「松江駅」からバス10分、松江城「大手町」下車


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