吉武英行 五感の旅

正統派グランシェフ 村上信夫氏元帝国ホテル総料理長との思い出

2020年3月9日
料理人の基本は「料理を愛すること」

 書類整理の途中、段ボールの中から人懐っこい笑顔の写真が顔を見せた。元帝国ホテル総料理長・村上信夫氏(ムッシュ)の写真だ。15〜16年前に84歳で逝去されたが、筆者に大きな影響を与えてくれた恩人でもある。

 筆者が大型リゾートのGMをしていた時の思い出である。全国にまたがるリゾート施設で「村上フェア」の企画をし、ムッシュ村上氏と1週間、2人で旅をした。私が出会った中で、フランス料理の二大シェフは京王プラザホテルのミュラー氏とムッシュ村上氏だ。ムッシュ村上氏は日本の超有名シェフだというのに、その礼儀正しく謙虚な物腰に驚いた。最近のカリスマシェフにありがちなスター気取りなどみじんもない。料理について語る言葉にも、調理する手つきにも、料理が好きで好きで仕方ないという思いがあふれていた。

 ムッシュ村上氏のフランス料理は、本場のコクやうまみはそのままに、でも日本人の体力や嗜好(しこう)に適合させるため、われわれが気づかない程度に軽く仕上げてあるという感じであった。もし、あの偉大なオーギュスト・エスコフェが来日したとしたら、やはりそうしたかもしれない。

 ムッシュ村上氏は心から料理を愛していたことはもちろん、フレキシブルな考え方を持っていた。厨房(ちゅうぼう)の合理化やメニューの整理と体系化、フランス料理という輸入品を今の時代の日本に適合させるため、レストランから家庭料理に至るまでさまざまな改革、模索を行ってきた。

 ムッシュ村上氏は戦後のシベリア抑留時代、肉やジャガイモだけの料理でもロシア人将校たちを感激させたと聞く。食材が豊富な現在、「私は〇〇産の〇〇しか使わない」など食材の豪華さばかりを自慢するシェフが多い。シェフの腕を味わいたいというお客もいる。基本のブイヨンが肝心ということを忘れないで。

 (ホテル・旅館プロデューサー)



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