吉武英行 五感の旅

滋賀、多賀大社

2021年5月24日
暮らしに沿ったなじみやすさが心に残る多賀大社

 自粛を心掛けたゴールデンウイークの最後の日、出たがり虫が騒ぎ出し、ちょい旅を敢行。名神高速道路を東に、彦根インターから10分、滋賀、多賀大社を訪ねた。「お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢はお多賀の子でござる」のフレーズが頭を駆け巡る。「お多賀さん」と呼ばれるこの神社はお伊勢さん「天照大神」の両親である伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀(まつ)る旧官幣大社。まさに由緒正しき場所ということだ。

 神社を清流が囲み、太閤橋と呼ばれる石の反り橋を渡って門をくぐると、玉砂利を敷いた境内の向こうによく茂った木立を背に堂々とした風格を持つ本殿が建つ。本殿に従うように右に能舞台、左に絵馬殿が建つ。

 〈お多賀さんと釣り鐘〉という言葉を耳にしたとき「オヤッ」と思った。「お寺と釣り鐘」は当然だが「神社と釣り鐘」は面白い組み合わせだ。明治までは神仏混合と言われ、大方の神社境内にはお寺があったそうな。ここの釣り鐘は1555(天文24)年に浅井長政らの手によって鋳造されたものといわれる。

 そして多賀大社ではお守りとして「しゃもじ」を授与している。これは「お多賀杓子(じゃくし)」と呼ばれ、「おたまじゃくし」の語源としても知られている。拝殿に飾られている大きな「お多賀杓子」は確かに印象に残る。太閤橋も字のごとく、豊臣秀吉が寄贈したものである。

 そして門前町名物の「糸切餅」は、かつて元寇の際に必勝祈願として蒙古の旗印を模した赤青3本線を描いた餅を、刃でなく糸を用いて切り、安寧と長寿を祈ったものらしい。多賀大社は長い階段もなく市街地に自然にたたずむお社。人々の暮らしに沿ったなじみやすさが妙に心に残った。名神高速道路を行き交う際には再び訪れようと思った多賀大社である。(ホテル・旅館プロデューサー)



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