吉武英行 五感の旅

碓氷峠、峠の釜めし

2021年12月20日
「釜めし文化」発祥の地と言われる横川駅

 仕事を兼ねて、数年ぶりに軽井沢を訪れた。碓氷峠で定番の峠の釜めしを味わう。

 釜めし文化の発祥と言われる荻野屋の釜めしを紹介しよう。群馬県と長野県の県境に近い安中市で製造販売する「駅弁」である。益子焼の土釜に入っているのが特徴で、「日本随一の人気駅弁」と評されていた時期もある。直径140ミリ、高さ85ミリ、重さ725グラムの益子焼の釜に入った、薄いしょうゆ味のだしによる炊き込みご飯だ。

 荻野屋の営業部長の話を参考にすると、1885年に横川駅の開業時に創業したという。初期の駅弁はおにぎり2個にたくあん漬けを添えたもので、1包5銭だったらしい。戦後、旅行者も増えていったが、どこの駅弁も似たり寄ったりの内容であったため飽きられていたそうな。

 横川−軽井沢間の碓氷峠通過に際し、補助機関車の連結が必要なために長時間停車する駅という立地にもかかわらず、駅弁の売り上げは低迷していた。そこで、当時の駅で販売されていた緑茶の土瓶と陶器の保温性に着目。「温かい」「楽しい」というコンセプトとともに、和歌にある「中山道を越える防人(さきもり)が土器で飯を炊いた」という内容にヒントを得て、益子焼の職人に相談し、一人用の釜を作成したとか。

 こうして当時の「駅弁=折り詰」という常識を破り、1958年から販売が開始されたのが「峠の釜めし」。当時としては画期的だった温かい駅弁であったことや、「文芸春秋」のコラムに取り上げられたことから人気商品となり、その後の隆盛へとつながった。

 たかが駅弁、されど駅弁。釜めしひとつで観光文化をここまで押し上げる素晴らしいアイデアと努力に脱帽の思いである。つい先ごろまでは長野名物と思い込んでいた「釜めし」が群馬であると、無知な知識が露見した旅であった。

 (ホテル・旅館プロデューサー)



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