澪標 ―みおつくし―

膿み出す!生み出す!

藤田 ツキト
株式会社シカトキノコ クリエイティブディレクター
2019年10月7日

 突然ですが、本日10月7日はたまたま私の誕生日です。澪標コラムの編集部の方が配慮してくれたのでしょうか。きっとたまたまですよね。昨年は妻の金輪際セメ子がこのコラムを担当していましたが、彼女も6月15日の自分の誕生日に記事が掲載されました。あれ、もしかしてたまたまではないのでしょうか?(笑)。編集部の皆さん、ありがとうございます!

 41歳を迎える今年の誕生日は、数えで42歳。つまり2019年は本厄ど真ん中です。思い返せばいろいろありました。健康診断で引っかかりストレスによる慢性胃炎と診断。新規事業が失敗して多額の借金。祖母が亡くなったり、母が人生初めて骨折して入院したり、周りも何かざわざわしています。けれど、実は本厄のおはらいをしていません。それには理由があります。

 ちょうど一年前の10月7日、つまり40歳の誕生日の日は、午(うま)年の友人知人が集まって神社で合同厄払いをしました。それまでは前厄であることなど全然意識していなかったのですが、みんなでおはらいするなら楽しそう! というくらいのノリで行いました。

 ご祈祷(きとう)の後は、なんばの味園ビルで宴会をし、2次会、3次会、4次会…。人数が減っていく中、最後は4人でバーで飲んでいたところまでは覚えているのですが、次に記憶がよみがえったのは、自宅のガレージでした。あまりの寒さに震えながら目を覚ますと、傍らにはスーツ姿で倒れている友人の姿が。これまでお酒はまあまあ強いほう、気分が悪くなるくらい飲んだとしても、記憶をなくしたことはありません。自力でタクシーを呼んで帰っていました。それが、この日は全く記憶がありません…。

 必死でインターホンを鳴らしましたが反応がなく、電話をかけても応答なし。そのうちドアが開いたのか、自分で開けたのか、もう記憶は定かではありません。おそらくここまで送ってくれたであろう友人を家に入れ、そして自分は階段で力尽きたようで…とにかく思い出せません。朝再び私が目覚めたときには友人の姿がなく、私の靴を履いて帰っていました(後日交換)。本当ならば厄払いをして気持ちよく40歳の朝を迎える予定が、なんとも波瀾(はらん)万丈を予感させるようなスタートだったのです。それからというもの仕事もうまくいかず、生活リズムも乱れに乱れました。前厄の一年は、これまでの膿(う)みを出しきったかのような一年でした。

 そんなこともあり、今年は厄払いをしませんでした。厄払いに頼ることなく、自分を律し、弱い部分もさらけ出し、周りに助けてもらいながらも、自分にできることはなんでもやろうと決めました。前厄で十分すぎる膿みが出たので、若干のトラウマがあるのも確かです(笑)。今年は慢性胃炎になったことでお酒、揚げ物、カフェインという3大好きなものを絶ったおかげで、体の余分なものも落ちて体重が8キロ減りました。体調も良好で、どんどんいい流れになってきています。

 思い返せば去年は前厄だったのに、いろいろ変化を求めすぎて落ち着かない一年でした。今年は足元を見つめなおし、謙虚な気持ちを忘れず過ごしたことで、クリエーティブなものを生み出す気力が戻ってきました。やはり厄年というのは、何かあるのかもしれません。ただの不幸が訪れるというより、どこかで無理をしていた生き方や仕事の仕方、それらを改めるようにと神様が見てくれているような気がしました。今年は12月までこのまま粛々と、コツコツと生きていきます。

 最後に、来年2020年は後厄の年。目標は、オリンピック・パラリンピック景気に浮かれることなく、厄年最後の一年を家族ともども無事に過ごせるよう感謝しながら生きていきたいと思います。そして、日本全国、世界各地で災害が起こる地球の環境に少しでも平和が訪れるよう、せっかくのクリエーティブ脳を生かして、社会に貢献できるアイデアを膿み出して、生み出していきたいと思っています! 来年、厄払いをするかしないかは2020年の幕開けとともに決めたいと思います。

 (大阪市東成区、ふじた・つきと)



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