澪標 ―みおつくし―

夢の扉を開くとき

さくらいりょうこ
オカリナ奏者
2019年12月2日

 夢を追う人は知っています。夢をかなえる前に、いくつもの扉があることを。

 夢の扉は、突然現れるのではなく、いつも目の前にあります。その扉に気づくかどうかは個人差があります。次に、その扉を開くかどうかの「選択」があります。

 自分の運を信じ、夢追う人はちゅうちょなくこの扉を開いていきます。扉の先に何があるかというと、自分の夢がかなえられるステージが待っているのです。ここで言うステージは、ものごとの段階です。ステージが変われば、それまでの自分の人生になかった出来事が次々に起こり、願いが具体的な形となって現れます。

 しかし、夢の扉を開くとき、その「選択」には大なり小なり試練がついてきます。

 私が、病により社会から引きこもり、夢も希望も持てなかったときに「本当はフルートを吹きたいのでは?」と、夢の扉を開いてくれる人が現れたときもそうでした。

 その時の試練は「迷い」でした。すでに開いている扉が目の前にあるのに、一歩踏み出す勇気が出ないのです。怖くて足がすくみます。迷い、おびえ、震えながら「この一歩を踏み出さなければ二度とこのチャンスはない!」と、勇気を振り絞り、前へ進みました。扉の向こうは光のステージでした。

 去る10月12日にも夢の扉が目の前にやってきました。「オカリナ奏者としてグラミー賞へ向かう」という夢に力をくださる「夢の応援団」の皆さんが扉の前まで私を連れていってくれたのです。600枚のチケットは完売、すべての準備が整った中、試練はやってきました。

 史上最大の台風襲来。勇気で乗り越えられるというものではありません。「開催か中止か」。現実的には「中止」はやむを得ない状況でした。夢の扉は幻のように消えていくようでした。

 振り返るとわかります。そこに必要だったのは「覚悟」です。

 とても恐ろしい選択でした。すべての感情が凍りつくようでした。勇気も出ず、覚悟なんてできない…。ぐるぐると思考が空回りします。

 そんな私に「覚悟」という力を分け与えてくれたのが、夢の応援団の人たちでした。団長が「電車が動くなら開催する」と決め、応援団の人たち全員が「開催する」と、揺るぎない力をもって私の弱る心を支えてくださいました。

 当日は、嵐の中、400人もの人が会場にお越しでした。おひとりおひとりのお話をここに書きたいくらい、無理をしてむちゃをして、それでも笑顔でご来場くださいました。

 皆さまの愛が、夢の扉を開いてくれました。

 当日のステージの模様をYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=f2y8WiU0qMo)に載せました。オカリナの概念を変える「Power Ocarina」をぜひ聴いてください。

 この開催には大変多くの学びがありました。賛否両論、私のこれからの人生に大きな課題が与えられたように思います。

(大阪市北区)


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