澪標 ―みおつくし―

中国の長春、吉林の顛末

西村 卓朗
西村機械製作所会長
2020年3月30日

 昭和60年秋、中国の広州に初めて乳児用離乳食プラントを施工、それから5年たった平成2年秋に吉林省の長春市と吉林市で粉末豆乳プラントを施行しました。

 準備にはホテルの部屋で打ち合わせをするのですが、その頃の部屋には盗聴器が付いているので(中国では当たり前?)、大事な事は外に出て庭や道で歩きながら話をしました。仕事が終わると毎晩、接待を受けました。昼のランチからビールで乾杯、その後、白酒(アルコール60度!中国で一番きつい酒?)での乾杯が何回も続きました。初めは言われる通りにしていたのですが、ベロベロになり午後は仕事になりません。彼らはそれが作戦だったのかも知れません。何回か失敗しましたが、その後はうまく対応できるようになりました。この頃の中国では、誰しもこの経験は多いようでした(笑)。

 長春での夕食会で、弊社が製作および工事をお願いしている協力会社から接待を受けた時の事です。珍しい煮込み鍋料理が出てきました。円筒状の細長い陶器の鍋で長時間煮込んだ鳥だろうかと思いながら、上の方から実とスープを交互に食べて行くと、途中で何か獣の頭に出合い「これはいったいなんや」と思い顔が出てきてビックリ。のけぞって一歩下がりました。

 実はかわいい小猿でした。顔、体は生きている時のままでした。私はそこで箸を止めました。既に頭と脳みそとほっぺたを少し食べていました。日光東照宮の「見ざる、言わざる、聞かざるのかわいい猿」を思い浮かべ、かわいそうなことをしたなと思いました。

 中国の寒い地方、満州では大事なお客さまのもてなしに「猿の丸ごと煮込んだ鍋」を出すそうで、高級料理でした。その後は目をつぶってスープだけを飲むのがやっとでした。長春市と吉林市はマイナス30〜40度の厳寒の地。平成2年の暮れから3年にかけての真冬は、忘れられない仕事になりました。

 この仕事はその2年前から始まり、打ち合わせに両市の副市長一行が各7人と通訳を入れた計15人が日本に1週間滞在しました。打ち合わせは浪速区稲荷町の本社の並びにあった浪速区民ホールで午前9時から午後5時までびっしり3日続きました。弊社の担当は営業と技術者各2人と私の5人。宿泊は大阪ミナミの道頓堀ホテル。宿泊は向こう持ちで朝食は含まれていて、ランチと夜の食事は弊社持ちでした。

 そのランチと夕食が大変でした。最初は日本食をと思いおすし屋さんに行きましたが、ネタが生ものなのでダメで、夕食には今は閉店していますが、道頓堀の食いだおれレストランで焼き肉定食を食べていただきました。ヘレ肉が食べやすく一口に切ってあり裏表焼けているのですが、ミディアムレアーだったので中は生。全員吐き出してご飯とサラダとみそ汁だけを食べて早々に出ました。仕方なく並びのとんこつラーメン店「金龍」に駆け込み、皆さんそろって「これはうまい」と喜んでくれました。翌日のランチは区民ホール近くの喫茶店で焼き肉定食でした。すじ肉をコテコテのソース味で焼いてあったのが良かったのでしょう、「うまいうまい」と食べていただきました。

 3日目の夕食は、ミナミの戎橋あたりの和食レストランを選びました。お酒はフリードリンクで飲み放題。乾杯はビールですが、何回も回って来てはまた乾杯の連続で、3階の個室に弊社の社員も入れて約20人がいましたが、店員さんが栓抜きを持ったまま呼んでも上までなかなか来てくれませんでした。

 いくら飲み放題といえども、きっとこの人たちに店がつぶされると思ったんでしょう。ともかく、中国の寒い所の人たちは、お酒は強く底なしでした。

 (大阪府豊中市、にしむら・たくお)



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