澪標 ―みおつくし―

「お宅もテレワークですか?」

多賀 太
一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン共同代表
関西大学教授 
2020年5月25日

 「お宅もテレワークですか?」。

 政府が緊急事態宣言を出した直後の4月下旬、平日の昼間に家の前で荷物の整理をしていたら、近所の顔見知りの年配男性に、そう声を掛けられました。その男性とは、いつも会えばあいさつをする程度で、お互い仕事の話をしたことはありません。

 「ええ。なかなか慣れませんねぇ」と答える私。お互いマスクで鼻と口を覆い、2人の間には2メートルほどのソーシャルディスタンス。とりとめもない世間話でしたが、これまでになく会話が弾み、笑顔で会釈をして別れました。

 その時、ふと思いました。もし2カ月前に同じ状況でその男性と出会っていたとしたら、彼は私になんと声を掛けただろうか。もしかしたら、「今日はお休みですか?」だったのではないか、と。

 私は、昨年11月11日付本紙「澪標」で、男性に何げなく「今日はお休みですか?」と声を掛けることの問題について寄稿しました。男は平日の昼間には職場で働いているはずだという世間の目が、男性の育児参加や地域参加を妨げたり、さまざまな事情で働けない男性の生きづらさに追い打ちをかけたりしているのではないかと考えたからです。

 ただそのときは、男性が平日の昼間に家庭や地域にいても珍しがられない社会に早くなってほしいと願いながらも、そうなるには相当な時間がかかるだろうと思っていました。

 ところが、それからわずか半年後、「緊急事態」とはいえ、私たちは、平日の昼間に男性が家に居ることが当たり前の状況を経験することになったのです。

 かつて、人口の大半が家族や地域共同体で農業を営んでいた前近代の社会では、仕事と私生活の区別は曖昧でした。そこでは、男性が平日の昼間に家やその近所にいることは当たり前でした。

 しかし、社会が近代化を遂げるなかで、工場やオフィスなどの職場と家庭が空間的に分離していきました。仕事と家庭生活は時間の点でも厳格に区分され、労働時間単位で賃金を得る働き方が主流になっていきました。そして、昭和の中頃から終わりにかけて、男性が長時間家の外で働いて稼ぎ、女性が家庭で家事・育児を担う分業体制が広がりました。

 平成になると既婚女性の就労も増え、今世紀には男性の育児参加も唱えられるようになりましたが、依然として仕事と育児を両立したくてもかなわない人が多いのが現状です。

 男女を問わず、仕事の生産性を維持しながら、家庭生活との両立を図るためには、職場と家庭、仕事と家庭生活の間をもっと柔軟に行き来できるようなワークライフスタイルが求められます。今回のコロナ禍は、私たちに対して過酷な試練を突きつけた一方で、少なくとも一部の業態において、そうした新しい働き方の可能性を高めました。

 早くコロナ禍が過ぎ去って、社会にこれまで通りの活気が戻ってきてほしい。でも、多様な働き方の選択肢の広がりと、男性が平日の昼間に家にいても珍しがられないこと、それだけはこのままであってほしいと願います。

 (大阪府吹田市、たが・ふとし)



サイト内検索