澪標 ―みおつくし―

「餃子の王将」大東社長との“本ネゴ”

西村 卓朗
西村機会製作所会長
2020年7月6日

 平成25年12月9日の早朝、餃子(ギョーザ)を売りに中華料理のレストランとして全国一の外食チェーンとなった「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの大東社長が、京都の本社玄関前で何者かに撃たれて亡くなられました。あれからもう7年になります。弊社との付き合いは、大東社長が亡くなる3年前からで、京都市山科区にある本社工場の餃子、ラーメンの原料の小麦粉を混合、供給、輸送、計量する「無人化自動システム」プラントの仕事でした。

 餃子の王将は昭和42年に京都で創業、令和2年現在約730店舗、親族が経営する「大阪王将」は約480店舗あります。その昔、親族にのれん分けする形で生まれたのが大阪王将で、当時は同じ店名でしたが、大阪王将がチェーン展開して京都にまで出店してきたことがきっかで名称を巡って裁判となり、結局「餃子の王将」「大阪王将」と店名を分けることで和解に至りました。

 しかし、両社の切磋琢磨(せっさたくま)の“仁義なき戦い”は激化しています。なにしろ日本に2社で約1200店余りがあるのですから大変です。そしてどちらも、味も似ていておいしいのですから仕方がありません。

 さて、本社工場の「無人化自動システム」を受注した時のことです。もともとこの計画は大阪の麺機メーカーO社が窓口で、私が業界の支部長をしていたこともあって弊社に声をかけてくれたのです。小麦粉の自動化システムは外食チェーンでは初めてのプラントです。話を進めていくと弊社のゾーンだけでも約1億円になりました。担当者間の話は終わっていよいよ“本ネゴ”(値段交渉)となり、初めて大東社長との交渉に入りました。

 大東社長は恰幅(かっぷく)もよく貫禄十分。弊社側は社長の私と担当の技術課長、営業課長、王将側は大東社長を中心に担当課長と製造部長の計6人でした。そして世間話が終わるといきなり「西村さん、2割勉強して下さい」と。事前にいくらまで安くしたらまとまるか、あらかじめ想定金額を検討していたのですが…。「もし無理なら今日のところはお引き取り願ってよく考えて返事下さい」と大東社長。「はい、それでは」と簡単には引き下がれません。何しろトップ同士の値段交渉、詰めに詰めての最終段階ですので、この場で決めなければなりません。少し時間稼ぎをしましたが、大東社長は「この2割引きが無理なら、他のメーカーから相見積もりを取る」とキッパリと言われました。

 そしてもうこの辺りが手の打ちどころとだと思い1割5分引きの案を出し、「今回の設備は弊社独自の粉体技術の提案で、どこも簡単にはできないこと」とこれまでの実績を切々と訴えました。大東社長は「分かった」と、その真ん中あたりの金額を提示され、では「それで手を打ちましょう」と返事をしました。

 その年が明けて3月までには自動化ラインが完成し、全国の店舗へ生地を毎日配送してお役に立っていることはとても誇りです。それにしてもまさか大東社長があのような状況で亡くなられたことは残念でなりません。ご冥福をお祈りするのと同時に、一刻も早く犯人が捕まってくれることを願うばかりです。

 (大阪府豊中市、にしむら・たくお)



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