澪標 ―みおつくし―

三流サラリーマンの流儀(5) 心機一転

宮崎研之
株式会社日放メンテナンス代表取締役社長
株式会社プリティ代表取締役社長
2020年7月20日

 皆さんは銀行員の「出向」にどんなイメージを抱きますか? 

 私の働いていた銀行では、50歳前後になると出向する行員が出始めます。

 その銀行が関東系の銀行と合併した後、経営の悪化が表面化し、実質的に国有化されるという激動の時期に、私も出向適齢期を迎えました。

 小説「半沢直樹」でも描かれているように、私も「出向」に対して、会社員人生の終わりのように感じていたのですが、自分自身が直面してみると、まだ50歳そこそこで、体力気力共に充実している時期でした。

 先にも述べたように、多くの同僚が銀行の先行きに不安を感じて辞めていき、残った仲間も、私と同年代の行員は関連会社や外部企業に出向・転籍し、知っている顔が次々に消えていきました。

 そんな中、私が人事部から出向の打診を受けたのが、日放メンテナンスという会社です。

 この会社はMBS(毎日放送)の警備、受け付け、電話交換、メール、清掃等、放送業務を縁の下から支える仕事を行っています。銀行以外を経験したことがないため、最初は不安感もありましたが、新天地で心機一転やってみようという気持ちに切り替え、お世話になることにしました。

 同社で経理担当役員を経て社長になりましたが、一般企業で働くと、銀行で当然だと思っていたことが、世間ではそうではないということを知ることになります。

 始業時刻の1時間以上前に出社し、昼食は10分そこそこで済ませ、毎日1〜2時間程度の残業を行うといった、銀行では普通のことが実は普通ではありませんでした。机の施錠の義務化とか、机の中に金銭類を入れることの禁止などという規制は、銀行だけのルールでした。長年銀行に勤めると規則に縛られる生活が当たり前になって、思考停止に陥り、何の疑問も抱いていなかった自分にあきれることになりました。

 やがて、業務の多角化を考え始め、M&Aで買収したのが、プリティという会社です。この会社はレセプタントと呼ばれる女性スタッフをホテル等に派遣して、パーティーやイベントの接客にあたる業務を行っています。銀行員から放送局関連、そしてパーティー関連業務と、知らなかったさまざまな業種を経験することができ、人生の幅が広がりました。現在、プリティは新型コロナウイルスの影響で仕事量が激減していますが、いつでもフル稼働できるように、準備に万全を期しています。

 さて、今回が連載の最終回となりました。拙い文章にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。私の弟は、福岡市の病院で呼吸器内科の医師として、新型コロナウイルスの治療に取り組んでいます。彼から「自分が万が一の時には線香の一本でもあげに来てくれ」と言われた時には、胸が詰まりました。せめてもの気持ちで、道修町の薬の神様「少彦名神社(神農さん)」のお守りを送りました。

 夜は必ず明けます。雨は必ずやみます。冬の後には必ず春が来ます。その日のために、力を合わせてこの厳しい状況を乗り越えていきましょう。

 (大阪市都島区、みやざき・けんし)



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