澪標 ―みおつくし―

和装の花嫁に思う

川中 由美子
花嫁介添人
2021年1月25日

 先日、実家の片付けをしていたところ、古いアルバムの中に花嫁衣装をまとった叔母の写真を見つけた。おそらく半世紀ほど前のものであろう。花嫁介添人の私は、ついつい、衣装の細部、表情、所作、足元まで、しげしげと眺めてしまう。美しい。

 もちろん、花嫁はいつの時代も美しいことに変わりはないが、半世紀前の花嫁の、この独特の美しさは何に起因するものだろうかと考えた。その答えは周りの参列者の着物姿にあった。この時代、当然のことながら、現代よりも着物が身近であり、写真の中で花嫁の隣に映っている明治生まれの祖母などは、おそらくプロの着付師には頼まず自分自身で黒留め袖を着たのではないだろうか。たとえ少々着崩れてもそばにいる人がサッと手直ししてくれた時代である。叔母にしても、小さい頃から着物を着る機会が多々あり、所作が自然と身についていたのだろう。それがこの独特の美しさにつながっているように思う。要するに着物と人が美しく調和しているのである。

 日本人が日常的に着物を着なくなって久しい。結婚式においても同様である。ブライダル業界では「和婚」という言葉が生まれ、日本の伝統的な形式での結婚式の魅力を見直そうという動きもあるが、私がこれまで介添人として担当させていただいた結婚式では、和装ではなくウエディングドレスをお召しになる花嫁が圧倒的に多い。全国のデータは把握していないが、私の担当件数に限って言えば、ドレス9割、和装1割という大差である。式場の種類や地域性よって、この比率は異なるだろうが、着物が好きな私としては和装離れを寂しく感じる。

 欧米では「サムシング・フォー」という習慣があり、結婚式で「新しい物」「古い物」「青い物」「借りた物」この四つを身につけると幸せになれると言われるが、和装の花嫁は胸元に三つの物を身につけている。繁栄を象徴する末広(扇子)、現代の化粧ポーチの原点ともいえる筥迫(はこせこ)、そして懐剣である。世界中を探しても、胸元に剣を差した花嫁にはなかなかお目にかかれないだろう。もちろん模造品であるが、本来は「自分の身は自分で守る」「いざという時はこの懐剣で自決する覚悟である」という意味があり、武家に生まれた女性が身につけた懐剣が起源である。現代では物議をかもしそうな一品であるが、私はこの懐剣を見るたびに背筋が伸びる。同時に改めて着物の歴史の深さを感じるのである。

 先日、明治時代末期の貴重な花嫁衣装を拝見する機会を得た。船場の豪商があつらえた絢爛(けんらん)豪華な色打ち掛けは、財力と家格の象徴として当時の人々を圧倒したことだろう。その時代の披露宴は3日3晩続いたというから驚きだ。その衣装をまとった花嫁は、どんなことを思い、どんな未来を想像しながら他家へ嫁いでいったのだろうか。と、思わず花嫁の心情を想像してしまうのは介添人の習性である。

 これからも結婚式は時代とともに大きく変化していくだろう。それはそれで、また楽しみでもある。

 (大阪市都島区、かわなか・ゆみこ)



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