澪標 ―みおつくし―

初舞台を経て

西尾 光子
演劇・朗読指導
2021年2月1日

 新たなサークルの指導を引き受けて半年が過ぎたころ、地元のサークル合同発表会があると知らされた。500席の舞台に、プロの音響と照明がつくとのこと。みんなで意見を出し合っていたのか「コメディーがいい」と弾んだ声が飛んできた。

 喜劇は、効果音でごまかす訳にはいかない。演技の格闘技だ。本番まで3カ月。果たしてどこまで仕上げられるか。だが、この盛り上がりを前にすると、聞き入れるしかない。

 人数から考えて、私が書いた『頓知(とんち)不動産』をやることにした。不動産会社の社長と社員が頓知で客とやりあう話である。月2回、4時間の稽古では、時間が足りない。せりふが入ったところで、私は無理を承知で特別な練習法を取り入れることにした。台本に合わせて私の役を追加し、いろんな角度から役者に絡む。相手には自分の役をしながら応対してもらう。

 私は、必ず体で役をつかんでくれると信じた。みんなの戸惑いや不信の表情に気づきながらも「まだまだできる」と、心を鬼にして続けた。次第に余裕が出て、息も合ってきた。通し稽古に入ると、アドリブは一切なしにした。結果、無駄なくテンポもぴったりだ。休憩中も役柄のまま冗談を言い合っているのを見て、安心して舞台に送り出せると、私はうなずいた。

 いよいよ本番。私は最後列の席で、幕が開くのを待った。満足な仕上がりだが、本番では何が起きるか分からない。幕が上がれば、全て私の責任だ。テンポ良く舞台は展開していく。役者の息遣いが伝わってくる。客席から絶えず笑いが起きている。私も観客として溶け込んでいた。

 演じ終えたみんなは、鳴りやまない拍手に最高の笑顔で応えている。控室に戻ると、「ありがとうございました」と興奮したままで私を囲んできた。

 「不満を顔に出してたつもりだけど、『まだまだできるあんたなら』って」

 「それそれ、先生のその言い方」

 「この年になって、あんなに怒られるとは思わんかった。けど、脳がよみがえって」

 「ほんま意地悪やと思ったよ。あれで本番が楽になれたんよね。諦めんでよかった」

 「お客さんの笑顔と大きな拍手、気持ちいい」

 みんなは緊張から解放されてどんどん冗舌になっていく。そして「楽しかった。クセになりそう」と感情のこもった女性の声がした。その人は60歳で、「恥ずかしいから、せりふは遠慮します」と出演には後ろ向きだったのだ。みんなはうれしそうに彼女を見た。

 発表会がきっかけで、老人会や子供会などから声がかかるようになった。発表の場を得たことで、みんなはすぐに活動を開始した。依頼先の状況を考慮した演目選びや本番に向けての自主稽古に、充実した日々を送っているようだ。

 (大阪市中央区、にしお・みつこ)



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