澪標 ―みおつくし―

業界改革への使命感

小林 英健
近畿医療専門学校理事長
2021年3月1日

 念願かなって開業した小林整骨院の患者さんは、順調に増えていきました。患者さんには慢性的な腰痛を訴える方が多いのですが、いつの頃からか小林整骨院なら1回で痛みが取れるといううわさが流れました。それはありがたかったのですが、現実はそうではありませんでした。

 そんなある日、うわさを聞いた人が、会社でぎっくり腰になったと同僚に支えられて来院されました。私は施術した後、「どうですか」と尋ねると「少しマシになったような気がします」とのこと。湿布をして腰部を固定して、「明日、また来てください」と言って帰っていただきました。

 ところがその日の夜、電話が鳴りました。出てみると苦しそうな声。「先ほどぎっくり腰で伺った者ですが、帰ってから痛みが増してトイレにも行けないくらいです。どうしたらいいでしょう?」というものでした。また後日、別のぎっくり腰の方に施術して「明日の朝、来てください」と言って帰っていただいたのですが、次の日に来られませんでした。昼すぎに電話があり、「朝に行こうとしたのですが、全く動くことができなくなりました」という内容でした。

 なんと、私は続けて2人の患者さんに、自分の施術によって症状を悪化させてしまったのです! 次にぎっくり腰の人が来たらどうしよう…。そう思うと施術が怖くなってきました。すぐに私は恥を忍んで、整骨院の友人に事の次第と悩みを話し、助言を求めました。

 すると友人は言いました。「おれの師匠はすごいんだ。ぎっくり腰も一回で治してしまう。西武ライオンズの選手が所沢から大阪の師匠に診てもらいに来ているんだ」と。私は、すぐにその先生を紹介していただき、弟子入りをお願いしました。その先生が、一子相伝の技術を受け継ぐ、南條治療所の富士坂先生でした。

 当時、私は既に開業していたので、自分の整骨院が終わったあとの土曜日の午後と日曜日に先生のもとに通い、勉強と技術の習得に励みました。私は目の前で人がどんどん良くなっていく様子に感動し、これはすごい技術だ、本物に間違いないと確信しました。それから、そこで学んだ技術を自分の整骨院で実践する日々が始まりました。初めはなかなかうまくいかなかったものの、1年くらいたった頃から自分にもできるようになってきました。

 結局、先生のもとには3年通って、その技術を完璧に自分のものにすることができたのです。それから小林整骨院の患者さんは2倍、3倍に増えました。遠く他府県からもたくさんの患者さんが来てくださるようになりました。中でも、ぎっくり腰の施術はお手の物となりました。

 その3年間、家庭を顧みず、家内から「うちは母子家庭」と言われ、子供たちには寂しい思いをさせてしまいましたが、その結果、生涯の財産となるような素晴らしい技術を身に付けることができました。「全ては患者さんのために」という思いが、私を師匠との出会いに導いてくれました。私を弟子にしてくれた富士坂先生には感謝です。

 それから、この技術を多くの人々に知ってほしいと思い、全国で整骨院を開業している先生たちに向けてのセミナーを始めました。ちょうどその頃、マスコミでは整骨院のことを「保険のきくマッサージ屋さん」と揶揄(やゆ)する風潮が起こり始めていました。

 この仕事は、手技によって痛みを取り、人の笑顔をつくる素晴らしい仕事。全国の柔道整復師は高い技術と誇りを持たなければならない。この業界のため、日本の未来のために、私は業界の「根っこ」の部分、つまり学校教育から変えないといけない。私の中に、国家資格の取得だけでなく、真に治せる技術を教える学校をつくるという大きな使命感が宿ったのです。

 (大阪市北区、こばやし・ひでたけ)



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