澪標 ―みおつくし―

カンボジアの村の披露宴

川中 由美子
花嫁介添人
2021年7月13日

 私には15年ほど前から親しくしているカンボジア人一家がいる。ほぼ毎年、彼らが暮らすカンボジアの村を訪れていたのだが、コロナ禍の今は、再会できる日を待ちわびつつ互いの無事を遠くから祈るばかりである。

 5年ほど前、いつものようにその村で夏の休暇を過ごしていたところ、彼らが突然こんなことを言い出した。

 「明日、知り合いの披露宴があるから一緒に行こう」

 あまりに気軽な誘いに驚いた。私は新郎新婦とは全く面識はなく、もちろん招待状など頂いていない。「大丈夫。外国人は大歓迎されるから」という彼らの言葉は半信半疑ではあったが、花嫁介添人の私はカンボジアの披露宴に対する好奇心のほうが勝り、有り難く出席させていただくことにした。

 普段は、子育て、家事、畑仕事、家畜の世話など、とにかく働き者の村の女性たちが、当日は朝からみんなで楽しそうに化粧をし、着飾り、ハイヒールを履いてはしゃぐ姿はほほ笑ましく、華やかな装いの彼女たちが、南国独特の濃い緑に囲まれたあぜ道を行列で歩く姿はまるで映画のワンシーンのようだった。スーツケースの中に唯一あったワンピースを着た私も、エキストラのようにその行列に加わり会場へと向かった。

 カンボジアの披露宴はとにかくにぎやかである。会場は屋外に設置された大きなテント。傍らに止められたトラックに積まれた大型スピーカーからは大音量の音楽が流され、その音に負けまいとあちらこちらで大声の会話が飛び交う。円卓にずらりと並べられた料理からは、食欲をそそる香辛料の香りが漂い、村の子どもが笑顔で私にメニューを手渡してくれるが、私はそのカンボジア語を一文字も読むことができない。だが、どれもおいしい。

 私が最も興味を持ったのは婚礼衣装である。初めて目にするカンボジアの伝統的なシルクの婚礼衣装はきらびやかであり、ゴールドの装飾品がその美しさをさらに引き立てる。自然なメークが主流の日本とは違い、カンボジアの花嫁は目鼻立ちを際立たせたメークでゴージャスな雰囲気をまとっている。婚礼には、その国の美意識が凝縮されているのだと改めて思う。

 スピーチや余興はなく、とにかく食べて飲んでおしゃべりをして自由に楽しみ、いい具合にお酒がまわってくると、誰かが踊りだし徐々に人の輪ができる。私も手招きされ、自分でも不思議なほど全くためらうことなくその輪に加わり踊る。

 その光景が何かに似ていると思ったら、日本の盆踊りだ。音楽は全く違っていても、手の動き、足の出し方がどことなく似ていることに気づきうれしくなる。ひょっとして、あの大音量の音楽も、日本の太鼓のように大きな音で邪気をはらっているのかもしれない。日本から遠く離れていても同じアジアなのだと親近感が湧く。何より新郎新婦の門出を祝う心は同じだろう。

 旅の途中で、予期せぬうれしいご縁をくださった新郎新婦が、今も幸せに暮らしていることを心から願っている。

 (大阪市都島区、かわなか・ゆみこ)



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