澪標 ―みおつくし―

教えることは学ぶこと

西尾 光子
演劇・朗読指導
2021年7月18日

 ハンドタオルからほのかに甘い香りがすると、彼女のことを思い出す。

 住まい近くの日本語学校でチューダーボランティアをしていたことがある。希望する生徒と会話をしながら日本語上達の手伝いをしていた。彼女は私との会話を希望する一人だった。

 台湾出身の23歳。彼女への指導時間は毎週月曜日、彼女の授業開始前の90分である。彼女は自国でも日本語を勉強していたそうで、日本語検定一級に合格していた。

 月曜日ということもあり、週末に何をしていたか、いつも日常会話から入った。

 彼女の休日はひとり旅がほとんどだった。長浜城や彦根、壇ノ浦と日本の歴史に興味を持っていた。中でも「あの場所は、当時の情景が浮かぶ」と口にし、『関ケ原』には度々足を運んでいた。

 彼女は大阪弁の科目にも籍を置いていた。貪欲に学ぶ彼女に対応するため、家の本棚を見直した。「故事ことわざ」「日本語の落とし穴」「雑学おもしろ読本」など、長い間触れておらず表紙も変色した本が端に収まっていた。一緒に見ながら言葉を広げて遊んだ。理解してもらえない日本語は英語経由で説明するが、台湾人の彼女とは、漢字を駆使すれば伝えることができた。

 私は助詞の使い方や謙遜、謙譲語をこっそり勉強し直した。

 会話に加えて、私の本業である正しい日本語の発音を伝えた。表情筋について説明しながら「アイウエオ」を始めた。気が付くと他の机で会話しているコンビも、私の発音に合わせて大きな声を出していた。教室内はまるで演劇教室基礎科のようだ。

 半年コース終了の9月になった。月末に彼女のお姉さんが来日して、2週間ほど一緒に旅をするとのこと。帰国当日に会う約束をした。

 路地散策を兼ねて、2人を自宅近くの空堀に食事に誘った。2人は冠木門の前で立ち止まり、路地を回りながら角にある祠(ほこら)の前で手を合わせている。昼食は、「学校で話題になっていたお好み焼き店へ行ってみたい」という彼女のリクエストだった。

 お姉さんが遠慮がちに、「京都に行ったお土産です」と差し出した紙袋には、京菓子と西陣織の匂い袋が入っていた。この時初めて、3人でずっと日本語で話していたことに気が付いた。お姉さんも3年前に同校に留学していたそうだ。

 食事を終えると、熊野街道から八軒家まで大川に沿って歩くという2人を見送った。私は帰宅して頂いた匂い袋を小引き出しのハンドタオルの上に置いた。

 数日後に彼女から手紙が届いた。手紙の交換が続く中で、IT関係の日本人向けのサポートエンジニアに就いたことを知った。年月がたった今も、手紙のやりとりは続いている。

 彼女より四十も年上の私だが、「教えることは学ぶこと」を教わった。感謝である。

 (大阪市中央区、にしお・みつこ)



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