澪標 ―みおつくし―

六つの鐘に

西尾 光子 演劇・朗読指導
2021年10月12日

 四十年前、引っ越した翌朝に“ゴーン”と重々しい鐘の音が聞こえた。

 2月初め、まだ薄暗い。

 ベランダに出ると、藍色の空が平たくのしかかる。

 少しすると、鐘の音は朝もやの向こう、寺町の方から実におうように流れてきた。

 「明け六つの鐘か?」

 鳴り終えた後、急に寒さが体中にしみた。

 慌ててベッドにもぐりこみ、もう少し眠りたいと頑張るが、耳の奥に余韻だけが渦を巻き続ける。

 夕暮れを楽しみに、荷物の整理を進める。昼すぎまで時計を気にしていたが、いつの間にか忘れてしまった。すると、暮れかけた景色の中から、思った通りの音が響いてきた。やった! 暮れ六つの鐘だ。

 江戸時代は、明け六つの鐘で仕事を始め、暮れ六つで終えると何かの本で読んだ。

 寺町は今も静かで、昔の面影がある。町中に響く鐘の音を聞きながら、隣近所の人たちが、ともに優しい気持ちになって、笑顔であいさつを交わし合う姿が浮かぶ。

 月に数回、仕事で近鉄特急で名古屋に行く。

 真冬の朝6時はまだ暗く、玄関のドアを開けたとたん冷気がかみついてくる。出かけるのがつらい。

 時が来れば鐘は鳴った。

 あの余韻が、『頑張れよ』って聞こえるのが不思議だ。おかげで駅に着く頃には、体もぬくもっている。帰りは午後6時前。すっかり暗くなった車窓に目をやりながら、気がつくと心の中で暮れ六つの鐘を聞いていた。

 夏のある日、篠山で染色をしている友が訪ねてきた。久しぶりで、話が盛り上がった。

 “ゴーン”

 “ゴーン”

 「もう帰れって? はいはい、わかりました」

 友は笑いながら言ったが、すぐに笑顔を納めて「なつかしい気がする」とポツリ。

 友が職人草木染のデザイナーの感覚に戻っていた数分間。丸い目を輝かせて?づえをつく指が、藍色に染まっていた。

 いいおもてなしができたような気がした。

 谷町に住んで、たくさんの季節が変わった。鐘の音も、春・夏・秋・冬で伝わり方が違うことを知った。

 春は柔らかみがあり、夏はストレートにやってくる。秋は落ち葉が舞うようにゆらゆらと、冬は緩やかに心にしみ込むような優しさがある。

 (大阪市中央区、にしお・みつこ)

   ◇    ◇

 西尾光子さんは6月9日に逝去されました。旅立たれる20日前には知人に「退院(4月28日)の時、もってあと10日か1カ月かも、と主治医が言いました。最終回は口述筆記をしてもらわないとと思っています」とメールされていました。この原稿は、握力が落ちて字がうまく書けない、メールを打つのもつらい状態の中で4月に書かれました。最後の締めを考慮しながらも未完成で、西尾さんにとってはそれが不本意だったようです。謹んでご冥福をお祈りします。



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