なにわに生きる 次代につなぐ

 2019年が明けた。平成と新元号をつなぐ節目の年となる。新しい時代をつなぎ、結ぶ年ともいえそうだ。時代が変わろうとする中、次の時代を担う人たちに、何を引き継いでいくのか考える時間でもある。関西地域の中核都市として大阪の発展は欠かせないが、主役はあくまでも大阪に暮らす人たち。本紙では年間企画として「なにわに生きる−次代につなぐ」と題し、今を生きている私たちが次代につなぐものは何かを取り上げる。

第3部「防災」(上)

2019年9月1日
上=「佃公園スカイハイツ」に設置された避難口を確認する佃地域活動協議会の平田会長(奥)と中畑稔副会長。下=防災体制について、区職員(左手前2人)と話し合う平野区の地域役員ら

 「なぜ、本気で話さないのか。いつまで人に頼っているのか」。昨年8月、平野区の防災勉強会で、元陸上自衛隊員で同区の防災アドバイザーを務める早川喜代司さん(63)は、出席した地域の役員や区職員に問いかけた。「青天のへきれきでした」と、大阪市コミュニティ協会平野区支部の佐藤寿男事務局長(70)。「助けてくれるのは行政でしょ、という意識だった」

■意識改革

 日本火災学会の調査によると、1995年の阪神淡路大震災で建物に閉じ込められた際、救助隊の「公助」は1割ほど。9割が自力や家族、近隣の人による「自助・共助」だった。地域防災は自助・共助の最前線に立つ。

 大阪市の東南部に位置する平野区は、南は大和川に接しているものの、第2室戸台風以来、大きな台風被害はなく、南海トラフ地震による津波も想定されていない。防災に対し、漫然とした雰囲気もあった。

 昨年から、早川さんの指導を受け、住民と区が一体となって防災マニュアル作りを開始。区内の全連合町会に区の防災担当が聞き取りし、自宅防災や備蓄品、警戒レベルに合わせた行動指針をまとめた「地域防災手引」を1年かけて完成させた。実践的で分かりやすさにも配慮し、各戸に配布した。

 8日には、加美連合で区内で初めての住民による避難所開設訓練が行われる。

 「防災に真剣に向き合う意識改革ができたのが大きい」と佐藤事務局長。手引を足がかりに、自助の意識を住民に深く浸透させるのが次のステップだ。

■見逃さない

 左門殿川と神崎川に挟まれた島、西淀川区佃地域。かつて阪神工業地帯の中核を担った同地は、海抜0メートル地帯が広がり、幾度となく風水害に遭ってきた。

 昨年、島をぐるりと囲む防潮堤の耐震補強工事が完了。府が2013年に公表した南海トラフ地震の被害想定において、地盤の液状化で沈下し、地震発生から10分以内に浸水すると指摘された堤防だ。しかし、「できたから大丈夫、ではあかんのですよ」。佃地域活動協議会の平田房夫会長(76)は語気を強める。

 「地震でレールが曲がり、(水防の)鉄扉が閉まらないこともある。災害は何が起こるかわからない」。『一人も見逃さない』を合言葉にする地域防災は、全国でも注目され、各地から視察が訪れる。

■住民の結束

 地形の特性と歴史から、住民の防災意識は高かったが、転機になったのは95年の阪神淡路大震災。震度6を記録し、家屋の全半壊や液状化が発生。地域連携の大切さを痛感した。

 浸水時に高層施設へ「垂直避難」するための津波避難ビルを、大阪市に先駆けて連合町会が主体となって確保。避難者の受け入れ訓練を実施するほか、佃2丁目の「佃公園スカイハイツ」は、マンション裏側の住民が避難時にスムーズに入れるよう、非常口を自主的に設置するなど、地域の協力体制を築いた。

 また、独自の見守り活動として、65歳以上の高齢者に毎月1度「おせっかい通信」を手渡しで配布。それぞれ担当を決め、対象者の状態を把握する。

 とはいえ、防災訓練の参加者は年々減少。撤退した工場跡地にはマンションが建ち、新住民も増えた。要の水防団は高齢化が進む。

 平田会長は将来の担い手として、今後は中学校を巻き込んだ訓練を希望。「堤防はできたが、訓練はやっていかんとあかん。自分の町は自分で守るという感覚になってほしい」。壁をより強固にするのは、住民の結束だ。

◆  ◆  ◆

 昨年、大阪府北部地震と台風21号が襲来した大阪。自然災害は場所も時も選ばない。9月は防災月間。「いざ」「まさか」に備える大阪を取材した。

 自助・共助・公助 自助は自分自身の命を守るため、備蓄品や家の耐震化など日常からの備え。共助は近隣や地域内での助け合い。公助は行政や公的機関の助け。2018年版「防災白書」には、災害時の救助と避難活動について、自助と共助に重点を置くべきとする人が6割を超えるという調査結果が掲載された。


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