お宝ウオッチング〜文化財をたずねて〜

 守られてきたのには理由(わけ)がある。何十年、何百年、千年の時を超え、今もそこにある文化財は、私たちに歴史の重みとこれからの道を照らしてくれるように感じる。だからこそ、改めて学んでいこうと思う。

大阪城の櫓 (大阪市中央区)

2020年9月10日

400年前の鉄壁の守り

大阪城内で最も古い建物の一つ「千貫櫓」
大手門をくぐると姿を現す多門櫓
千貫櫓では、銃眼から火縄銃を構える体験ができる

 大阪城(大阪市中央区)にある古建造物(重要文化財)の「多聞櫓(たもんやぐら)」「千貫櫓(せんがんやぐら)」「焔硝(えんしょう)蔵」が、特別公開されている。徳川期に再築され、幕末維新の大火や第2次世界大戦の戦火もくぐり抜けてきた櫓と蔵は、金のしゃちほこが光り輝く天守閣とはまた違う存在感を放つ。ひんやりとした内部は、ぎらつく太陽は気にならずセミの声も遠い。400年前の歴史ロマンに思いをはせた。

◆大手口多聞櫓

 南西の大手門(重文)をくぐり、正面に見えるのが「多門櫓」。南北に伸びる「続(つづき)櫓」、下に大門を構える「渡(わたり)櫓」で構成される。

 「多聞」とは、武将・松平久秀の居城の大和国多聞城(現在の奈良市内)に由来する様式名。本来は、石垣の上につくられた長屋のことで、石垣と塀をそろえた城壁としての機能と兵士の詰め所、武器庫の役割を兼ねている。大阪城には、大手口桝形、京橋口桝形、玉造口桝形、桜門桝形、山里丸桝形も多門櫓と呼ばれていたが、現存するのはここのみだ。

 続櫓から入ると、目の前には、約65メートルにも及ぶ「武者走り」と呼ばれる廊下。東側には兵が駐屯する6部屋(9畳3室、12畳2室、15畳1室)が連なる。向かいの大手門側の窓の下には、鉄砲で敵を狙う「銃眼」が17個あり、城壁の機能性の高さを強く感じる。

 渡櫓には、下の大門を通る敵に上から槍(やり)や石を落として攻撃する「槍落とし」がある。のぞくと、上を気にすることもなく歩く人の姿が。鉄砲の弾をかいくぐり、大門に走り込んできた敵を思い浮かべる。そして、そこに降り注ぐ槍。まさに鉄壁の守りだ。

◆千貫櫓

 続く「千貫櫓」は1620年創建で、大阪城内に現存する最も古い建物。大手門を北から防御する役割を果たした2階建ての「隅櫓」だが、名称は石山本願寺を攻めた信長軍がこの付近にあった櫓を攻めあぐね、「千貫文出しても奪いたい」と言われたことに由来する。

 内部は柱で4室に区画されており、武者走りがその外側を囲む。2階は公開されていないが、同様のつくりだという。

 西の銃眼からは大阪府庁や大阪府警を望む。槍落とし同様に「石落とし」を備え、堀から攻め込む敵を防御した。特別公開では、火縄銃を銃眼に構える体験ができる。

◆焔硝蔵

 最後は、火薬庫の「焔硝蔵」。1685年創建で、大爆発を起こすなど、火薬の管理に悩んでいた徳川幕府が建てた。

 床、壁、天井、はりまでも全て花こう岩を使った堅固な石造り倉庫。面積は172平方メートル、高さは5・4メートル、石壁の厚さは約2・4メートルにもなる。同じ構造の焔硝蔵は各地の大名城にあったが、現存しているのは大阪城だけだ。

 特別公開は土日祝限定で11月29日まで。大阪城パークセンターの伊藤憲浩さんは「400年前はこうだったのかと、体感してもらいたい。内部はひんやりしているので、ゆっくり見てもらいたい」と話す。

【大阪城の櫓】 大坂の陣の後、徳川幕府が再築。場内の要所に位置し、監視や防御、武器庫に使われた。特別公開は土日祝限定で11月29日まで。午前10時〜午後4時半。やぐら入場券は高校生以上700円、中学生以下300円。天守閣セット券は高校生以上1200円。


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