お宝ウオッチング〜文化財をたずねて〜

 守られてきたのには理由(わけ)がある。何十年、何百年、千年の時を超え、今もそこにある文化財は、私たちに歴史の重みとこれからの道を照らしてくれるように感じる。だからこそ、改めて学んでいこうと思う。

杭全神社 (大阪市平野区)

2020年10月8日

地域の誇り見つめ千年

“幻の国宝”と言われる大門。鎌倉時代に建設された同神社では最古の建造物
春日大社から移築された第一殿。左の灯籠は江戸時代、長崎奉行を務めた人物から寄贈された
神社の南端、入り口に鎮座する大クスノキ。樹齢千年ともいわれている

 大阪市南東部の平野区で親しまれているのが、千年以上の歴史を持つ杭全(くまた)神社。夏祭りにはだんじりが出てにぎわう。秋雨の中、今は静かなたたずまいを見せる境内を散策した。

◆本殿は重要文化財

 境内の北端にあるのは三つの本殿。通常は中門ごしからだが、今回は藤江正謹宮司(72)とともに中に入った。

 右端の第一殿には素戔嗚尊(すさのおのみこと)をまつる本社。中央の第二殿は伊弉冉尊(いざなみのみこと)など、左端の第三殿は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)をまつる摂社とされている。一番から順番なのかと思いきや「どちらからお参りされても問題ない」と藤江宮司。言葉に従い手を合わせた。

 建物として一番新しいのが第一殿。それでも1711年というから300年以上前だ。春日大社から移築したもので、藤江宮司は「屋根の葺(ふ)き替え工事をした際、使われている材木の質に驚いた」と振り返る。第二、三殿はさらに歴史が古く、1513年の建造。すべて国の重要文化財に指定されていることもうなずける。

◆歴史ある建物

 境内には本殿だけでなく、さまざまな古い建物が残っている。中でも1708年に建てられた連歌所は国内で唯一現存している施設。連歌は和歌の上の句と下の句を多数の人たちが交互に作り、一つの詩になるように競い合う文芸で江戸時代まで盛んに行われた。

 連歌所の中に入ると、長押(なげし)の上に平安時代の和歌の名人三十六歌仙の絵が飾られてる。今は新型コロナウイルスの影響で中断しているが、「月に一度、連歌の会がある」と藤江宮司。一刻も早い収束を望んでいた。

 西側の一角には、神社には珍しい寺のお堂のような田村堂。もともとは1649年、弘法大師をまつるお堂として建てられた。しかし、明治維新の折、廃仏毀釈(きしゃく)で境内から仏教関係のものが取り除かれた際、近隣のお寺にあった坂上田村麻呂の像と弘法大師の像を交換。名前も変えて取り壊しを免れたという。

 そのほか、建物ではないが、天文年間(1532〜55年)に建立された市内最古級の石灯籠などがあり、歴史を実感できる空間になっている。

◆幻の“国宝”

 境内で最古の建造物は大門。正確な時期は不明だが、構造や様式などから鎌倉時代の建造とされる。約800年前のもので藤江宮司は「かつて国宝にも指定される可能性もあったと聞いています」。しかし、現在のところ、重要文化財にも指定されていない。

 理由が夏祭り。神社の南に走る国道25号が整備された大正末期、夏祭りの際のだんじりの待機場所が道路になった。そのため、だんじりを境内に入れる必要に迫られ、50センチほど石の台座で高さを増した。建物を変更すると国宝には指定されない。しかし、地域の祭りを守るために苦渋の選択をしたという。

 南端には高さ約30メートル、周囲約10メートルもある大クスノキが鎮座している。国宝という名誉を捨て、地域の誇りを守った平野郷。樹齢千年といわれる巨木は、住民の気風と思いを見つめてきた。



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