お宝ウオッチング〜文化財をたずねて〜

 守られてきたのには理由(わけ)がある。何十年、何百年、千年の時を超え、今もそこにある文化財は、私たちに歴史の重みとこれからの道を照らしてくれるように感じる。だからこそ、改めて学んでいこうと思う。

小林一三記念館 雅俗山荘 (大阪府池田市)

2021年5月13日

独創的な和洋折衷の館

四つ葉のクローバーを連想する木枠が印象的な雅俗山荘の正面。一見、洋館に見えるが、瓦は日本らしいいぶし銀で和洋折衷の館になっている
大きな階段が印象的な吹き抜けホール
玄関ホール正面には、小林一三の肖像画が飾られている

 阪急宝塚線「池田」駅から五月山を目指して、徒歩10分。新緑の木々に囲まれた長尾門をくぐると、四つ葉のクローバーのような飾りが印象的な建物が現れる。阪急グループ創始者小林一三(1873〜1957年)の旧邸「雅俗(がぞく)山荘」だ。一見、ハーフティンバー様式の洋館だが、屋根のスペイン瓦は日本伝統のいぶし銀。独創的で多面的なたたずまいが、私鉄の多角経営モデルを確立した一三に重なる。

 完成は、一三が64歳の時の1937年。文化芸術に造詣が深く、美術収集家の一面も持っていた一三は、「雅」=芸術、「俗」=生活を一体的に楽しむ場所という意味を込めて「雅俗山荘」と名付けた。

 一三の死後、57年にコレクションを展示する逸翁美術館になったが、国の登録有形文化財に指定されたのを機に、居住当時の状態に復元され、2010年に「小林一三記念館」として再出発した。

■洋館の“床の間”

 約3200平方メートルの敷地の北東に位置する本館「雅俗山荘」は、外観に返して鉄筋コンクリート造り。収蔵する美術工芸品のため、耐火構造になっている。

 石張りの玄関ホールを進むと、吹き抜けのホールと続く。シャンデリアと暖炉、大きな階段が洋館らしさを演出するが、壁の一部が陳列スペースになっているのが面白い。ここに茶道具や古美術品を並べ、客をもてなしていたのだという。いわば、床の間だ。

 2階には、コレクションを飾る展示室があり、その奥に寝室や水回りの生活空間がコンパクトにまとめられている。「表と裏のように、芸術と生活が一体化している」と仙海義之館長。確かに住宅ではあるが、美術館的要素が強い。

■二つの茶室

 茶人で「逸翁」の雅号を持つ一三。敷地内には、本館に接続する「即庵(そくあん)」と独立した二畳の茶室「費隠(ひいん)」がある。

 「即庵」は三畳台目の和室だが、西南二方に土間をしつらえ、いす席が並ぶ。伝統を尊重しながらも流派や作法にとらわれず、誰もが自由に茶の湯を楽しんでほしいという心意気だ。

 一方の「費隠」は、京都の寺から移築した伝統的な造り。対称的な二つの茶室だが、これこそが一三の真骨頂。仙海館長は「電鉄の社会事業と宝塚歌劇などの文化事業を共に成り立たせたように、対極的に見えても一緒の方を向いている」と説明する。

 「雅俗山荘は一三の脳内構造を反映しており、通底しているのは、生活の中で多くの人に楽しんでもらい、喜んでもらいたいという思い。そういう一三の生きざまを実感してもらいたい」と仙海館長。一三が手掛けた多くの事業は、特権階級ではなく大衆に支持された。「雅と俗」は、暮らしそのものだった。



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