戦跡を巡る 戦渦を超えて75年

 今年は戦後75年の節目。戦争を体験した世代が少なくなる中、ちまたには軍関連の遺構や空襲の傷痕、犠牲者を悼む慰霊碑など、もの言わぬ戦争の証言者が現存している。しかし華々しい開発の陰で姿を消した戦争遺構も多く、運よく保存・転用されているものはごく一部にとどまる。令和の新時代を迎えてなお、人知れず戦争の戦渦と恒久平和を無言で訴える戦跡を写真で紹介する。

戦跡を巡る 戦渦を超えて75年(16)

2020年6月11日

飯盛山の国旗掲揚塔(大阪府大東市)

 飯盛山の山頂には太平洋戦争時に本土空襲に備えた監視哨があり、今も「国威宣揚」と刻まれた国旗掲揚塔が残る。


旧陸軍工兵第四連隊歩哨舎(大阪府高槻市)

 旧営門前に残るコンクリート製の歩哨舎。丸形の郵便ポストを思わせる円筒形デザインで、両側に丸い窓が開いている。


旧陸軍工兵第四連隊営門(大阪府高槻市)

 阪急高槻市駅の南約750メートル、城跡公園の一画にれんが造りの営門(門柱)が現存する。工兵第四連隊は1909(明治42)年から終戦の1945年まで所在し、現在の公園や市立高槻第一中など城内町の一帯に兵舎や練兵場が広がっていた。


旧陸軍工兵第四連隊跡碑(大阪府高槻市)

 1982年3月に旧営門のそばに建立された。背面には在隊期間と「門出せる昔を偲びここに立つ 永久の平和をともに祈らん」の文字が刻まれている。



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