戦跡を巡る 戦渦を越えて

 戦争を体験した世代が少なくなる中、ちまたには軍関連の遺構や空襲の傷痕、犠牲者を悼む慰霊碑など、もの言わぬ戦争の証言者が現存している。しかし華々しい開発の陰で姿を消した戦争遺構も多く、運よく保存・転用されているものはごく一部にとどまる。令和の新時代を迎えてなお、人知れず戦争の戦渦と恒久平和を無言で訴える戦跡を写真で紹介する。

戦跡を巡る 戦渦を越えて(30)

2021年2月21日

四天王寺・丸池(大阪市天王寺区)

 境内の中央西側に広がる。1945年3月の第1次大阪大空襲では、五重塔をはじめ境内の南側が無数の焼夷(しょうい)弾によって焼失したが、丸池と並ぶ「亀の池」「月無池」の東西三つの池が防火帯となり北側への延焼を食い止めた。


高射砲の台座(奈良県田原本町)

 唐古・鍵遺跡史跡公園内にある八角形のコンクリート建造物。太平洋戦争末期につくられた高射砲の台座で、近くの海軍柳本飛行場を守るために置かれた。


白堤神社跡(奈良県天理市)

 柳本飛行場(大和海軍航空隊大和基地)跡には、飛行場の建設にあたり移転された白堤神社の跡を記す碑が立つ。1971年建立。碑文には「広大な元海軍航空隊大和基地跡」とも。同神社は現在、碑の北側に社を構える。



榛原空襲(奈良県宇陀市)

 終戦間近の1945年7月24日朝、近鉄大阪線の電車を狙って米軍戦闘機が機銃掃射を行い、奈良県内の空襲の中では「最大の死傷者」を出した。現場となった榛原駅東側の高架下には当時のものと思われる生々しい弾痕が残り、市の説明板には「ここが今日の平和の尊さを改めて考える所になれば」と記されている。



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