戦跡を巡る 戦渦を越えて

 戦争を体験した世代が少なくなる中、ちまたには軍関連の遺構や空襲の傷痕、犠牲者を悼む慰霊碑など、もの言わぬ戦争の証言者が現存している。しかし華々しい開発の陰で姿を消した戦争遺構も多く、運よく保存・転用されているものはごく一部にとどまる。令和の新時代を迎えてなお、人知れず戦争の戦渦と恒久平和を無言で訴える戦跡を写真で紹介する。

戦跡を巡る 戦渦を超えて(40)

2021年5月18日


特攻指揮所用防空壕(ごう)跡(三重県菰野町)

 竹永陸軍特攻用飛行場の滑走路があった地域にほど近い、丘の上に現存する。周囲はフェンスで囲われ、説明板とともに飛行場があった歴史を今に伝える。


竹永陸軍特攻用飛行場跡(三重県菰野町)

 終戦間近の1945年、中京圏の防空強化のため菰野町の永井、竹成地区(旧竹永村)に特攻用飛行場が建設された。飛行場は完成したが実際に使用されることはなく、滑走路は現在、田畑に変わって跡形もない。


平和の礎(三重県菰野町)

 恒久平和を願う記念碑として竹永地区コミュニティセンター敷地内に立つ。説明板によると、同地区には2012年まで80年間にわたり住民らに見守られてきた表忠碑があったが、幼稚園・保育園の改築に伴い、現在の場所に移設。縦長の表忠碑本体は直立して埋めている。


陸軍廠舎跡(三重県菰野町)

 千草地区にかつてあった陸軍廠舎(しょうしゃ)と演習場の跡を示す。三重県によると演習場は1910年から終戦までの35年間、多くの兵士らが訓練を受けた。記念碑の周囲には、陸軍用地を示す境界標石も残されている。



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