大人の社会見学

 大人にしか味わえない、大人だからこそ学びたい施設を行く−。それを「大人の社会見学」と呼ぶ。食品工場や伝統産業資料室、工業遺産など関西有数のスポットを写真に収めながら、地域との密着や歴史、魅力を取り上げていく。

富田林寺内町 (大阪府富田林市)

2020年2月27日

江戸時代の姿、今に伝える

町のシンボルでもある興正寺別院。室町末期、寺院の建立と町割りの整備などに取りかかったのが町の始まりとされる
国指定の重要文化材、杉山家住宅は文芸誌「明星」などで活躍した歌人、石上露子の生家でもある。館内では愛用品も展示されている
じないまち展望広場付近から西側を望む。河岸段丘にあり、町が高台にあることが分かる

 17世紀中頃から明治にかけての町家が多く、往時をしのぶことのできる異空間が広がる富田林寺内町。ルーツは室町時代にあり、南北6筋、東西7町の道路で格子状に区画された自治都市の姿を今に伝えている。文化遺産としての価値が認められ、町並みは国の「重要伝統的建造物群保存地区」の指定を受け、住民らの手で守り育てられている。歴史と伝統を受け継ぐ町を歩いた。

 大阪・天王寺から近鉄に乗って約30分。富田林駅前(富田林市)には重厚な瓦ぶきの町家や白壁の土蔵が立ち並ぶ12・9ヘクタール、阪神甲子園球場およそ3・5個分の空間が四方に広がっている。酒造をはじめ、米屋、鍛冶屋、おけ屋、大工など多くの商人や職人が住み、商工業で栄えた町の様子をありのままに伝えている。

■400年前の町並み

 富田林寺内町は、永禄(1558〜69年)の初め、京都・興正寺の門跡証秀上人が村の庄屋らに別院の建立や町割りの整備を要請したことが起源とされる。当時は宗教自治都市として発足し、その後は商人や職人らが集まる商業都市として発展した。

 当時の町割りは、6筋7町で網の目状に整備されており、現在に伝わる東西400メートル、南北350メートルの区画は江戸時代の絵地図を元にそのまま再現している。

 町並みの特徴の一つが、筋の道と道を半間ほどずらした「あてまげ」と呼ばれる技法だ。戦国時代、外敵の襲来に備え、見通しを妨げるための仕組みが興味深い。

 しっくいの町家の2階部分には、明かり取りや風通しのため格子状に開口部を設けた「虫籠窓」や、かまどの煙を外へ出すための「煙出し」と呼ばれる越し屋根など建築文化も伝わる。

■住民の手で保存

 現在は、町をPRするため、定期的に催しを開いたり、空き家の利活用を進めたりと、10余りの地元団体や企業が行政と連携しながら町の運営に関わっている。寺内町は町づくりの基幹でもあり、雑貨店やカフェなどテナントの出店も進む。近年では、国内外から観光客や視察を受け入れるなど注目を集めている地域の一つだ。

 市教育委員会文化財課の森口大士さん(44)は「都会から30分ほどのところに江戸時代の町並みが残っている。ぜひ魅力を肌で感じてほしい」と期待を寄せる。

【重要伝統的建造物群保存地区】 城下町や宿場町、門前町など市町村が決定する伝統的建造物群保存地区のうち、文化財保護法に基づいて、特に価値が高いとして国が選定する地区。市町村による保存、活用の取り組みに対し、文化庁や都道府県教委が指導、助言を行い、修理、修景事業に対して税制優遇措置などを設けている。文化庁によると、2019年12月現在で、100市町村に120地区あり、約2万9千件を特定、保護している。富田林寺内町は1997年に大阪で唯一となる指定を受けている。


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