大人の社会見学

 大人にしか味わえない、大人だからこそ学びたい施設を行く−。それを「大人の社会見学」と呼ぶ。食品工場や伝統産業資料室、工業遺産など関西有数のスポットを写真に収めながら、地域との密着や歴史、魅力を取り上げていく。

佐竹ガラス (和泉市)

2020年8月20日

古くからの技法守り抜く工房

溶解炉がある木造平屋建の建物を含め、工場は登録文化財になっている
ガラスの原材料を投じる溶解炉。12〜15時間かけ、全体に1300度になるまで溶解する
トンボ玉を作るバーナーワーク体験教室は人気のコーナーだ

 紀元前1500年の古代エジプトにさかのぼるという装飾品ガラス。ガラス玉の輝きは、当時は宝石よりも重んじられたといわれている。ガラス製品や製法がシルクロードを通じて大阪にも伝わったとされ、明治に入って泉州でも産業が興った。このうち、工芸ガラスの材料となる、色ガラス棒の生産を続ける老舗が「佐竹ガラス」(和泉市)だ。間もなく創業100年。今なお古くからの技法を守り抜くガラス工房を訪ねた。

 訪れたのは8月中旬。真夏の猛暑に加え、1300度に達する溶解炉を前に、直立するだけで汗が吹き出るのが分かる。個人や企業向けに工芸素材となる色ガラス棒を製作しているのがこの工場だ。

 ガラスの主な原料は珪砂と酸化ナトリウム。発色には「イオン交換」の原理を応用し、黄色はセリウム・銀・硫黄、紫色はマンガン・ニッケルという具合で、酸化金属を組み合わせることで160色以上を生み出すバリエーションが大きな売りになっている。配合のあんばいで色合いが変化する繊細な技なのだ。

◇腕の見せどころ

 混ぜ合わせた原料は炉で12〜15時間かけて溶解。「ボウトウ」と呼ばれる長い鉄の棒にマグマ状のガラスを巻き付けた後が腕の見せどころだ。

 「棒引き」と呼ばれる工程は、カーボンや白セメントでできた耐火レールの上を、職人らが水あめのように溶けたガラスを糸を引くように延ばしていく。その長さ、15〜16メートル。歩く速さで太さを一定に保つ工程はまさに職人技。

 冷えたガラスを、55センチ程度に切りそろえていけば完成。佐竹保彦社長(73)によると、炉の燃料が時代とともに変化したものの「作業工程はほとんど変わっていない」という。

◇信頼される技術

 明治以来、大阪・和泉に人工真珠の製造技術が持ち込まれ、一帯の地場産業になった。核となるガラス玉の材料を作り始めたのが同社の起源になっている。

 併設のショールームには、切手のモチーフにもなった、クジャクが羽を広げた姿を模した工芸品が展示されている。昭和初期の完成とされるレース状の網目ガラスは、製作できる職人がほとんどいないという代物。技術が信頼され、古墳から出土した宝玉の修復を請われることもある。

 工房には個人や団体が引っきりなしに訪れる。子どもたちとトンボ玉の製作体験をした三枝美緒さん(47)=岸和田市=は「手作りが好きで、インターネットで情報を見つけた。貴重な経験をさせてもらった」と満足そうだった。

【佐竹ガラス】 創業は1927年。工芸用の色ガラス棒を製造、販売している。人工真珠の製造を一帯の地場産業としたが、ガラス玉の材料として製造するようになったのが起源だ。工場と一体となった伝統的和風建築が維持され、母屋や作業場など一式が国の登録有形文化財に指定されている。バーナーワーク体験教室やガラス工芸のショールームも併設。工房近くの府立弥生文化博物館では、全国の作家が手掛けた作品を集めた「とんぼ玉100人展」を開催中(9月27日まで)。同社が主催者の一角に加わっている。和泉市幸2丁目。


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