大人の社会見学

 大人にしか味わえない、大人だからこそ学びたい施設を行く−。それを「大人の社会見学」と呼ぶ。食品工場や伝統産業資料室、工業遺産など関西有数のスポットを写真に収めながら、地域との密着や歴史、魅力を取り上げていく。

JR阪和貨物線廃線跡 (大阪市・八尾市・松原市)

2021年6月17日

東海道・山陽と和歌山結ぶ重要な役割

南加美踏切から杉本町駅方面を望む。一部区間ではさびた線路がそのままの状態になっている=大阪市平野区
普通列車が停車するJR阪和線の杉本町駅。かつては阪和貨物線の起点だった=大阪市住吉区
枕木の一帯に草木が生い茂る高架橋。まちの景観をつくっている=大阪市平野区

 廃線跡−。なんと郷愁を誘う響きだろうか。大阪市住吉区の杉本町駅から大和川右岸に沿って東へ直進し、八尾市へと続いたJR阪和貨物線。廃止は2009年で、国内の廃線跡としては比較的に新しいことから、長細い形状の敷地がおおむね当時のまま残っている。大部分で設備の撤去が進んでいるものの、随所に姿を表すレールやバラスト、鉄道標識などが目を引き、鉄道ファンの人気も高いようだ。廃線以前を思い起こすように遺構を巡ってみた。

 6月のある日、初夏とは言うもののこの日の最高気温は28度。薄曇りながら紫外線が強く、終日屋外にいると半袖シャツの外側が真っ赤に日焼けしてしまった。大阪市では住吉、東住吉、平野の各区、さらに八尾市と松原市にもまたがる総延長11・3キロ。その大部分がフェンスに覆われており、全線をたどるのはなかなか骨が折れる。

◇臨時列車も運行

 旧国鉄時代の1952年に開通した阪和貨物線は、吹田市の吹田操車場を下り、加美(久宝寺)とを結ぶ城東貨物線とともに、貨物専用線として東海道・山陽の幹線と和歌山方面を結ぶ重要な役割を果たしてきた。

 大阪市などの資料によると、阪和線と関西本線が乗り入れる天王寺駅では、両線に段差があり、V型に切り返すか、大阪環状線を西九条方面に迂回(うかい)しなければ接続が難しかった。当時はこのバイパス線を利用して特急や修学旅行列車が通過し、奇抜なダイヤが話題になったという。

 前身は、大戦中に軍用となった大正飛行場(現在の八尾空港)への引き込み線。2005年発行の「平野区誌」によると、戦況の激化に伴って夜中に貨物列車が絶えず行き交うようになり、「兵器や人を運搬していると思ったが、軍の機密を話すと拘束されるので、誰も知らないふりをしていた」という住民の声も紹介している。

◇明暗分かれる

 両貨物線は明暗が分かれた。04年を最後に営業を休止した阪和貨物線に対し、これまでの貨物専用線を改良して複線電化し、19年3月に久宝寺から新大阪までの20・3キロを結ぶ「おおさか東線」へと生まれ変わったのが城東貨物線だ。新設駅のホームで列車を待つと、今も機関車にけん引された貨物が走り去っていくのが見える。

 新大阪と奈良を結ぶ新線「おおさか東線」が、利便性を飛躍的に向上させた城東貨物線。一方、阪和貨物線は、土地所有者であるJR西日本がレールや架線などの撤去を進めたものの、鉄道路線という細長い跡地形状から全体計画を立てられず、廃線後10年以上たっても跡地の活用が進まないでいる。

 JR阪和貨物線 杉本町(大阪市住吉区)−八尾(八尾市)駅間の11.3キロを結び、旧国鉄時代の1952年に貨物線として開通。65年には旅客営業も開始し、団体用の臨時列車などが走ったが、鉄道による貨物輸送の縮小に伴い2004年7月で営業を休止し、09年3月に廃止となった。大阪市では地域のまちづくりに貢献できるよう、このうち約7キロの区間をJR西日本から無償譲渡を受けることとし、11年に基本協定を締結。ただ、土地の形状が細長く、一部区間は周辺の土地との高低差が大きいことから、廃線後10年以上たった今も具体的な活用方法は定まっていない。


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