大阪市史跡探訪

 家のご近所、見慣れた建物、公園の前に石碑が立っていないだろうか。その一つ一つが貴重な歴史資料であったり、今は見ることのできない跡を示していたり。身近にあふれるマジカルミステリー。碑文を読めば膝をぽん! 意外な発見、感心、納得の大阪市顕彰史跡を写真で紹介する。

大阪市史跡探訪(3) 都島区

2021年6月6日

 現在の都島区出身で、毛馬が誇る著名人が俳人の与謝蕪村。生誕の地周辺には蕪村通り商店街や蕪村公園、銅像が立つ淀川神社がある。公園内の句碑を見ながら、一休憩。グラウンドでは初夏の日差しの下、ゲートボールを楽しむ地元の人らの姿も。

 ひらめいた つもりで目を閉じ 寝落ちかな



蕪村生誕地(毛馬町3丁目)

 江戸時代の俳人、与謝蕪村は1716(享保元)年、毛馬町で生まれた。17〜18歳の頃に江戸へ出て俳諧を学び、その後、故郷に帰ることはなかった。淀川堤防上にある句碑は、『春風馬堤曲』より「春風や 堤長なごうして 家遠し」。大阪シティバス毛馬橋の北西500メートル。


浪速鉄道片町駅跡(片町2丁目)

 浪速鉄道は1893(明治26)年に設立され、95年に片町−四條畷を開通させた。片町駅は、かつての新喜多新田の西端部、南を寝屋川、北を鯰江川(現在は道路)に挟まれたところにあった。96年に浪速鉄道の一切は関西鉄道の所有となり、1907年には国の管理下に移された。駅は97年の大阪城北詰駅の開業をもって姿を消した。


京橋川魚市場跡(片町1丁目)

 かつて京橋に川魚を扱う市場があった。起源は、石山本願寺の時期に設けられたフナ市場とされる。近代に入り、市場機構の改革が進む中、明治末期には中之島6丁目付近へ移転し、1915(大正4)年に大阪川魚株式会社が設立された。


毛馬城跡(毛馬町4丁目)

 織田信長の石山合戦で大坂本願寺によって造られた51城砦の一つに「飯満(けま)」があり、毛馬城の起源とされている。守将名や城郭の規模についても明らかではない。



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