大阪市史跡探訪

 家のご近所、見慣れた建物、公園の前に石碑が立っていないだろうか。その一つ一つが貴重な歴史資料であったり、今は見ることのできない跡を示していたり。身近にあふれるマジカルミステリー。碑文を読めば膝をぽん! 意外な発見、感心、納得の大阪市顕彰史跡を写真で紹介する。

大阪市史跡探訪(16) 港区

2021年10月10日

 海風にしばし吹かれながら、静かに揺れる海を見つめる。ゆったりと時間が流れ、都会の騒がしさとは無縁のひととき。さぁ、重い腰を上げて、まずは標高4.5メートルの日本一低い山「天保山」に登頂。下山して港区の史跡を巡る。こんな場所にこんな歴史が。新しい発見に、あらためて街歩きの魅力を感じる。


市岡新田会所跡 (港区波除5丁目)

 大阪湾口の新田開発は、江戸時代から行われていたが、とくに元禄ごろから盛んになった。市岡新田は1698(元禄11)年に市岡与左衛門らによって干拓され、湾内では最大規模のものだったという。米や野菜、桑などが栽培され、特にスイカの味の良さは評判で、新田スイカは種まで真っ赤と伝わったという。大阪メトロ中央線・JR「弁天町」下車、北東約500メートル、波除公園。


天保山跡 (港区築港3丁目)

 1831(天保2)年、安治川とその出入り口をしゅんせつしたとき、その土砂を積み上げてできた山。市民の拠金と連日数千人の人海戦術とで2年近い期間を要したといわれる。1854(安政元)年、ロシア軍艦が沖合に現れ、それ以来砲台の築造が行われて自然の風景は失われた。また、明治元年にわが国初めての観艦式の行われたところ。大阪メトロ中央線「大阪港」下車、北約400メートル、天保山公園。



築港大潮湯跡 (港区築港2丁目)

 1914(大正3)年に森口留吉が開業した温泉と海水プールを中心とした総合娯楽センター。大潮湯には清水、塩水、温泉の3種類の浴槽があり、巨大な滝のあるプールや劇場を備えていた。新館には100畳敷きの大広間や休憩室があったという。23年の関東大震災では、関東からの被災者の避難所として提供し、食事の世話まで引き受けた。住宅前にあるパネルには当時の全景写真が添えられてある。



市岡パラダイス跡 (港区磯路3丁目)

 1925(大正14)年に市岡土地株式会社が開園した娯楽施設。欧米の施設を参考に大劇場、映画館、演芸館、アイススケート場、飛行塔、千人風呂などの施設があり人気を博した。周辺にも商店やカフェ、市場なども建設され、地域の発展に貢献した。30(昭和5)年1月に閉鎖となり、各劇場は単独での営業を続けたが、戦災により大劇場を残して消失した。現在は大阪みなとドライビングスクールが建つ。



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