大阪市史跡探訪

 家のご近所、見慣れた建物、公園の前に石碑が立っていないだろうか。その一つ一つが貴重な歴史資料であったり、今は見ることのできない跡を示していたり。身近にあふれるマジカルミステリー。碑文を読めば膝をぽん! 意外な発見、感心、納得の大阪市顕彰史跡を写真で紹介する。

大阪市史跡探訪(22) 北区

2021年11月28日

 古来、大阪市の中心街として栄えてきただけに有名無名の史跡が数多く、文明の起点がそこかしこに点在。発展・衰退の歴史はあれど、それぞれの時代を築いた先人たちの熱意が伝わってくるようだ。


駅逓司大阪郵便役所跡 (中之島2丁目)

 日本の官営郵便制度が1871年に大阪−東京間で開始された。駅逓司は通信や交通を担当する官庁で、大阪は元島原藩蔵屋敷の場所に置かれた。日本銀行大阪支店前には石碑のほか、「郵便創業100年記念」として1971年に設置されたポストがあり、今日に至る郵便の歴史を伝えている。


凌雲閣跡 (茶屋町1番)

 明治初期に起きた高層展望台建設ブームの中、1889年に完成。当時の茶屋町一帯には温泉や茶店など娯楽施設が集まった公園があり、凌雲閣がランドマークとなった。木造9階建てで高さは約40メートルだったとされる。

 難波にあった「南の五階」(眺望閣)に対し「北の九階」などと呼ばれ親しまれた。大阪市立梅田東小跡地の体育館前に顕彰碑がある。


堂島米市場跡碑 (堂島浜1丁目)

 もともと“淀屋米市”として淀屋橋南詰で行われていた米の取引が1697年に堂島へ移転、1730年には幕府の公認を受けた。米価は旗振り通信などの技術を駆使して地方へ伝えられ、全国の米相場の基準となった。2018年に建築家・安藤忠雄氏による巨大モニュメント「一粒の光」が設置された。


国産ビール発祥の地 (堂島1丁目)

 現在のANAクラウンプラザホテル大阪の北東付近に醸造所があったとされる。1872年3月、天満の渋谷庄三郎が日本人による最初の国産ビール醸造を手掛け「渋谷ビール」として販売した。


源八渡し跡 (天満橋2丁目)

 元禄年間の1700年には渡しが存在していたと伝わる。1936年6月に源八橋が架けられるまで、長年にわたり人々の往来を支えた。源八橋西詰めの北側に石碑が建つ。



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