Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

堀江アートスクール塾長 伊藤 曦琳さん

2020年1月9日

繊細な表現は日本独特 AI時代でも人間力欠かせない

堀江アートスクールの作品=2019年12月、大阪市西区

 大阪市西区南堀江で、漫画やイラストの描き方を教える「堀江アートスクール」塾長の伊藤曦琳(しーりん)さん(36)は、中国・上海市の出身だ。日本へ移住した10歳の頃に読んだラブストーリー漫画を機に、日本の作画技術に引かれたという。「繊細な表現は日本独特」と語る伊藤さんは、漫画やアニメの将来について「AI(人工知能)が普及しても、人間力は欠かせない」と評した。

■中2で新人奨励賞

 1993年12月、家族と一緒に日本へ移住し、神戸の小学校に通い始めた。友達の自宅で、少女漫画誌『りぼん』に載っていた『ママレード・ボーイ』を読んだ。当時はまだ日本語が読めなかったけれど、登場人物の微妙な掛け合いがその表情を通して伝わってきた。「漫画家になりたい」と直感的に思い、それからは脇目も振らず、漫画を描いて出版社に応募することを繰り返していた。

 中学2年だった97年8月、集英社の「新人マンガ賞」で奨励賞を受賞した。応募作品約380点のうち、順位は10番目ぐらいだったと思う。恋愛の漫画を描いた。中学生にしてはしっかりしたストーリーだと評価を受けたことを覚えている。

 漫画の出版業界は、新人賞の大賞を獲得すれば漫画家としてデビューできる。また、「この人を育てたい」と編集現場が思えば、その人に担当が付いてデビューを目指すことになる。

■集中力養える

 漫画家を目指した私は、神戸の中学、高校を卒業して米国に留学し、現地のアニメ制作カレッジに入学する予定だった。でも、2001年9月11日の米中枢同時テロの影響で断念し、日本に残った。漫画を描いて再び出版社に持ち込んだところ、「作品が暗い、重たい」と言われた。当時の少女漫画誌には暗い作品が載っていたが、その編集担当者は「本誌を見てまねるような作品は求めていない。明るい作品が欲しい。新しい風を求めている」との指摘を受けた。それを機に、大阪のアニメ制作専門学校に通い、私にもやがて編集担当者が付くようになった。

 その後、小学館「少コミマンガ賞」で2007、08、09年に計3回準入賞を受賞。11年は同「新人漫画賞」の努力賞、12年は同「cheese! 漫画賞」の努力賞をそれぞれ頂いた。ある時、担当者から「コメディー漫画」を求められ、描いたところ、「これはコメディーではなく、ギャグ漫画だ」と言われた。コメディーとギャグが混乱し、絵もストーリーも浮かばないスランプに陥った。

 インターネットが普及し始めていたため、私はデジタル漫画を個人で発信することを考えるようになった。ネット上で人気になれば、出版社から声を掛けられると思った。それで始めたのが、ウェブデザインだった。中国出身者が経営するメーカーで広告デザインを学んだ。その頃知り合ったのが、現在の夫。当時スイーツバーを経営していた彼と16年6月に結婚し、同年7月に堀江アートスクールを開設した。

 スクールの生徒数は当初13人。これでは経営が成り立たないと思い、近所のマンションなどにPRチラシを配って回った。当時は、大学がアニメ制作の学科を設ける動きが広がっていたこともあり、生徒数は次第に増えた。現在は近畿一円から約150人が通っている。プロの漫画家、イラストレーターを目指す人だけではない。漫画を描く際に必要な人間観察は集中力を養うことができるとあって、子どもを通わせる保護者もいる。

■「萌(も)えキャラ系」

 近年、企業が漫画で広告するケースが増えている。子どもの頃に漫画を読んで育った世代が大人になり、社会を動かしていることが背景にある。漫画やアニメの最盛期は90年代から2000年代初期という見方があるが、顔が小さくて、目が大きい日本の「萌えキャラ系」はこれからも伸びる余地はある。実際、私たちのスクールには中国、台湾、韓国、インドなどアジア各地からの移住者、留学生が通っている。インバウンド(訪日外国人客)の体験ツアー先としても、このスクールは選ばれている。

 漫画、アニメの魅力は、現実にあり得ない出来事が起きること。主人公になったつもりでその世界を楽しむことができる。特に、アニメは風景が目の前に広がり、音が響くなど臨場感がある。業界の先々を考えると、バーチャルアイドル「初音(はつね)ミク」のようなキャラクターがどんどん登場しそうだ。3D映像のアニメも増える。AIが制作現場に普及したとしても、「善しあし」を判断できる人間力は欠かせない。観察し、表現する人間力が無ければ、良い作品はできない。

 私が好きな日本の作品は『ドラゴンボール』。ストーリーは単純明快だ。余計なことが入っていないため、深みがある。ワクワクさせる表現の技術が施されている。人間力を持った作者、編集者による漫画、アニメだと思う。

いとう・しーりん 1983年生まれ。中国・上海市出身。93年に日本へ移住。堀江アートスクールをはじめ、漫画広告やウェブデザイン・制作などを手掛けるコミックエージェント役員。同社代表が夫の伊藤貴志さん。最近印象に残った中国ドラマは『宮廷女官若曦(じゃくぎ)』。

【京アニ事件に寄せて】 昨年7月に発生した京都アニメーション放火殺人事件は、社会に衝撃を与えた。堀江アートスクールでも犠牲者を追悼する声が上がっている。漫画家を目指す女性(22)は「『けいおん!』など好きな作品がいっぱいある。グッズを買ったり、映画を見て支援したい」。京アニに国内外から義援金や応援メッセージが寄せられている状況を踏まえ、高校美術の非常勤講師女性(25)は「学校現場でも漫画は昔のオタクなイメージではなく、プラスイメージになっている」とアニメ人気の広がりを話した。


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