Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

読売テレビチーフプロデューサー 結城 豊弘さん

2020年8月23日

放送環境の変化に挑む 既視感払拭し多様な番組を

 放送環境の変化が指摘されて久しい。インターネットの普及、若者のテレビ離れが背景にある。現場の放送人はどう対応しているのか。「そこまで言って委員会NP」を担当する読売テレビ制作局兼報道局チーフプロデューサーの結城豊弘さん(58)に問うと、キーワードとして「同時間帯性」「既視感払拭(ふっしょく)」「知恵」を挙げた。

■コロナ禍で変革加速

 新型コロナウイルス禍によって、技術革新が一気に10年進んだ印象だ。従来のテレビはスタジオに出演者や観客がいて収録していたが、(音声・ビデオ通話ソフトの)スカイプなどによってリモート出演できるようになった。読売テレビでは、コロナ禍で延期されていた「漫才Loversスペシャル第9回ytv漫才新人賞決定戦」を8月2日に生放送した際、観客100人をズームでつなぎ、スタジオと一体化させた。

 2011年7月にアナログ放送から地上デジタル放送へ完全移行した際、携帯電話やパソコンと連動したサービスが期待されたが、「変革」の実感はそれほどではなかった。しかし、コロナ禍で変革は顕在化したと言える。NHK番組「外出自粛の夜に〜ウクレレでリレー音楽会」は、ウクレレ愛好家たちがそれぞれの自宅で「自撮り」していた。サザンオールスターズの関口和之さん、高木ブーさんらが出演し、友達の輪のように音楽のバトンをつないだのは印象的だった。

■盛り上がったプロレス中継

 これからは「同時間帯性」の時代だ。テレビ史を振り返ると、1940〜50年代の主体は生番組だった。60年代になると、収録番組が増えたが、テレビの原点はやはり同時間帯性だ。プロレスの力道山・木村政彦VSシャープ兄弟も生中継だったから盛り上がっていた。

 私は、北朝鮮による拉致被害者の帰国取材を通して「同時間帯性に勝るものはない」と実感した。東日本大震災の時は、津波の発生現場に中継車を出した。中継車は高額なため、危険エリアに駐車しないが、安全な場所で震災の実態を伝えることはできないと覚悟を決め、避難ルートを確保した上で中継を試みた。

 今年11月の米大統領選でも、中継してみたいと思う。共和党のトランプ大統領が再選を果たすか、民主党のバイデン前副大統領が勝つか、結果を中国の習近平指導部はどう見るか。同時中継の番組を作りたいし、「そこまで言って委員会NP」でもホットな話題として取り上げたい。

 ただ、これからの放送現場は検証報道も一層大切になる。インターネットの普及で、玉石混交の情報があふれる時代だからこそ、立ち止まって掘り下げていく番組作りも欠かせない。

■愛があればこそ

 読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」取材班は、司会の辛坊治郎さんとの共著で『地方創生の真実』を2015年に刊行した。巻末で私はこう書いた。「よそ者」「馬鹿(ばか)者」「若者」の三つの「者」によって町は活性化する−と。

 その町(地方)のポテンシャルに気づくのは「よそ者」であり、敏感に反応するのが「若者」だ。地方では、地元の人はポテンシャルに気づかず、保守的な人が余りにも多い。しかし、大阪には、橋下徹さんという変わった人がいた。橋下さんの評価は二つに分かれるところだが、ブルーシートが目立った大阪城公園は吉本興業の劇場が整備されるほど生まれ変わり、西成区の改革に伴って星野リゾートの高級ホテル建設が進んだのは確かだ。その町への愛があればこそ、厳しい言葉も発してしまうのだと思う。

 私も、番組への苦情を受けることがある。時には電話で3時間ぐらい付き合うが、電話の相手は番組を好きだからこそ苦情を言ってくるのだと感じている。

■影響を受けた恩師、先輩

 私は学生時代、田中角栄研究を精力的に行っていた政治学者の福岡政行さんのゼミを受けていた。ロッキード事件で有罪になった田中角栄氏がなぜ新潟3区でトップ当選できたのか。福岡さんから「新潟に行って見て来なさい」と言われ、現場を訪れた。そうすると、公共工事を通して地元雇用を生み出した田中角栄氏の側面が見えてきた。政治は一面だけではない、と感じた。以前見たような気がする「既視感」をニュースに覚えてしまうのは、取材先が固定化、偏在化しているためであり、そうした既視感の払拭こそがテレビ、新聞の報道には大切だ。

 読売テレビに入社し、系列の日本テレビの先輩である徳光和夫さんは「企業内自由人」と呼ばれていた。私もそうなりたいと願い、仕事してきた。その意味では、今の私の所属に報道局と制作局の垣根はなく、読売テレビと日本テレビの垣根もない。要は、森羅万象を伝えるのが私たちの仕事だという気概を持つことが重要だ。

 かつて、日本テレビの番組に「電波少年」シリーズがあった。アポなしロケ、ヒッチハイクの旅、懸賞生活を若手芸人が体当たりで挑む企画だった。担当プロデューサーの土屋敏男さんは、制作費が乏しくても人気番組に育てた。「テレビは知恵だ」と肝に銘じ、後輩たちに伝えたい。

 ゆうき・とよひろ  1962年、鳥取県生まれ。駒澤大法学部卒。86年にアナウンサーとして読売テレビ放送へ入社し、「歌のトップテン」「11PM」などの司会、リポーターを担当。その後、「ウェークアップ!ぷらす」「情報ライブミヤネ屋」を手掛け、2015年から「そこまで言って委員会NP」のチーフプロデューサー。20年6月に境港市観光協会会長に就任。


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