Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

大阪中学校体育連盟陸上競技部長 加藤 靖さん

2020年11月17日

「その先」の世界へ タスキつなぐ選手にエール

11月7日の大阪中学駅伝でスタートを切る女子選手=佐々木誠撮影

 優勝してもその先に全国駅伝はありません。5位に入ってもその先に近畿駅伝はありません。それでも、選手たちはそれぞれの「その先」に向かってしっかりとタスキをつなごうとしています−。大阪中学校体育連盟陸上競技部の加藤靖部長(58)=富田林市立第2中学校長=は、11月7日に開いた大阪中学駅伝大会(大阪日日新聞後援)のメッセージ文で、上位大会進出の目標を絶たれながらもタスキをつなぐ選手にエールを送った。新型コロナウイルス禍のため、異例ずくめだった今シーズン。加藤さんが大会に寄せた「その先」の世界とは…。

■目の輝き

 大阪中体連の陸上競技部長に今年4月就任したが、実は、私は競技の経験がまったく無い。中学1年生の頃、野球部に所属しただけで、2年生以降、高校、大学時代も含めて運動部に入ったことがない。教員としての担当科目は社会であり、体育を教えているわけでもない。だから、陸上未経験にもかかわらず、陸上部顧問に就いてしまう教員の気持ちがよく理解できる。何をしていいか分からないのだ。私自身、そうだった。

 大阪教育大を卒業し、教員になった1984年4月、河南町立中学校に着任した。ちょうど、陸上部の顧問が転勤したタイミングだったため、新任教員の私が後任になった。当時の部員は男女合わせて約50人。部活動の様子を見ても、練習しているのか、遊んでいるのか、見分けられず、叱(しか)ることもできなかった。競技のルールも分からず、部活動の時間を苦痛に感じていた頃、ターニングポイントが訪れた。

 男子部員の1人が練習中に左腕を骨折し、駅伝メンバーから外れることになった。すると、この部員が腕に着けた三角巾を、タスキ代わりに走りたいと他の部員たちが言って来た。私が了解すると、彼らは「お前の分まで頑張る」と三角巾に寄せ書きし、それを駅伝大会でつないでいった。駅伝はすごい、と私が感じた瞬間だった。

 しばらくして、河南中の陸上部に野性的な雰囲気を持つ男子が入ってきた。大阪陸上競技協会の合宿に招いてもらい、コーチ陣から「すごい選手」と評価を受けた。私が「全国を狙ってみないか」と彼に提案すると、目の輝きが変わった。その姿を見て、私は彼を直接指導できるように練習方法を学んだ。速く走りたいと願う生徒に、「素人」を理由に指導できないようではいけない。こうして、私は陸上競技一色になっていった。そのきっかけを作ってくれた彼の名前は、渡辺共則。河南中2年生の時に2000メートルで全国2位になり、宇治高(現・立命館宇治高)、旭化成で活躍した選手だ。

■後輩の頑張り

 女子マラソンの高橋尚子さんが1998年に日本最高記録(当時)をマークした2時間25分48秒のタイムを参考に、私は、陸上部の女子部員がジョギングするリズムを考えた。ピッチ計の設定は1分間180歩。正しいリズム、正しいフォームで走れば、強くなると思った。

 2002年に赴任した富田林市立藤陽中は、大阪中学駅伝大会で女子が72校中64位。立て直しが必要だった。粘り強く指導を続けると、彼女たちは変わり始めた。そして、私のターニングポイントが再び訪れた。

 翌03年の大会で、アンカーの3年生が必死で走り、倒れるようにゴールへ飛び込んだ。「先生、何位やった?」と聞く彼女に、「10位だったよ」と答えると、彼女は安心してバタッと倒れ込んだ。その姿を目に焼き付けた1、2年生が強いチームを作り、04年の大会では優勝を目指した。

 しかし、この年に3年生となった1区の選手がレース中にけいれんを起こし、足を引きずったまま53番目で2区の1年生にタスキをつないだ。「ごめんなさい」と泣きじゃくる彼女の様子が心配になり、私はずっと付き添った。このため、レースの行方を見ていなかった。すると、2区以降がどんどん追い上げていたようで、4位でゴールに帰って来た。初の近畿大会出場を決めた瞬間。後輩の頑張りに感激し、号泣する3年生の彼女よりも、私の方が泣いていた。子どもたちの底力に、うれし泣きした。そして、後輩たちが主力になった05、06年は2連覇を達成した。もちろん、ぶっちぎりだった。

■原点を見た

 大阪中体連の陸上競技部は、室井愉志委員長をはじめ63人の委員が選手強化に取り組んでいる。新型コロナ禍の中、万全の感染防止対策と陸上競技の再開を両立させようと、今年の大阪中学駅伝を開催した。陸上競技を愛する選手たちのために心を一つにした教員の姿を見ながら、選手たちは練習したと思う。

 コロナ自粛で、選手たちの体が重くなることを心配していたが、まったく無用だった。体はしっかり動いていた。全国駅伝や近畿駅伝だけが目標ではない。選手たちはレースを通してチームの一体感を証明し、頑張ってきたものを出し切るためタスキをつないだ。そして、陸上競技を続ける素晴らしさ、ありがたさを感じたはずだ。その気持ちで練習に励めば、来年の大会では、きっと強くなっている。

 私は陸上競技の素人だから、何でも新鮮に感じてしまう。今年の大会も感動した。駅伝の原点を見た思いだ。

 かとう・やすし 1961年、大阪市出身。大阪教育大卒。84年に教員生活スタート。河南町立中、富田林市立第3中、富田林市立藤陽中を経て、今年4月、富田林市立第2中に着任。同4月か ら大阪中学校体育連盟陸上競技部長。若い頃はギターを愛好し、オフコース、チューリップ、吉田拓郎、井上陽水の曲を弾いていた。

 【大阪中学駅伝大会】 1951年に第1回大会を開催し、今年で71回目。79年に始まった女子駅伝は今年42回目を迎えた。11月7日に大阪市東住吉区のヤンマーフィールド長居を発着点とする長居公園周回コースで、男子40校、女子42校がタスキをつないだ。男子は今市(大阪市旭区)が2連覇、女子は誠風(泉大津市)が初優勝した。今年は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、出場数を制限して開催。上位大会の全国駅伝、近畿駅伝が中止される異例のシーズンとなった。


サイト内検索