Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

通天閣観光会長 西上雅章さん

2020年12月3日

コロナ禍で責任全う 大阪シンボルの来し方行く先

新型コロナウイルス禍で、心のよりどころとなる通天閣

 大阪府の要請を受け、大阪・新世界の通天閣は、新型コロナウイルスの感染状況を表すライトアップに5〜6月取り組んだ。大阪モデルの基準で赤色、黄色、緑色になる光景はまさに衆目の的だった。大阪のシンボルとして「社会的な責任」を全うする通天閣観光の西上雅章会長(70)に、来し方と行く先を聞いた。

■ベクトルが一致

 新型コロナは人類の敵。過去にはスペイン風邪や天然痘が流行したが、現代を生きる私たちにとっては初めての経験となった。目に見えないだけに厄介だ。11月24日、大阪市が札幌市と共に観光支援事業「Go To トラベル」の対象から一時的とはいえ除外された。通天閣にも来場者が戻ってきた直後だったため、今回の処置は致し方ない気持ちだ。

 新型コロナ禍で、通天閣がある新世界は4〜5月にゴーストタウン化した。大阪など7都府県で4月7日に始まり、同16日に全都道府県へ広げた緊急事態宣言は結果的に、ブレーキが効き過ぎた。感染者数が減ったことは良かったが、経済が疲弊してしまった。このため、国はアクセルを踏み込んだが、その踏み加減は適切だったかどうか。国の方針に沿うことは大切だが、あっち行ったり、こっち行ったりする政策はしてほしくない。

 大阪府の吉村洋文知事は、大阪モデルを作るなど他の知事よりも一歩先を進んでいる。頑張っているので、応援したいと思う。ライトアップの要請があった時も、ネオン広告塔スポンサーの日立と、大家の立場である通天閣観光のベクトルが一致して、やろうとなった。公的な啓発運動の協力を求められれば、通天閣は日立の意向を聴いて、ライトアップすることにしている。例えば、児童虐待防止を訴えるオレンジ色、乳がん受診を促すピンク色、世界糖尿病デーの青色などだ。

 新型コロナ禍のライトアップについては、吉村知事から感謝状を頂いた。社会的な責任、役割を果たすことはすごく大事だと常に思っている。

■天に通じる高い建物

 1903年に開催された内国勧業博覧会の跡地で12年に建設された通天閣は、パリの凱旋(がいせん)門とエッフェル塔を模倣していた。残念なことに、足元の映画館の火災で解体されたが、新世界町連合会役員らが中心となり、地元の人たちの出資によって56年に2代目通天閣を再建した。

 大阪のシンボルとして歌謡曲、文学、小説、映画に取り上げられ、その数は東京タワーより多いはずだ。将棋棋士の坂田三吉氏を歌った村田英雄氏の「王将」は印象的だ。「♪明日は東京に出て行くからは なにがなんでも勝たねばならぬ 空に灯がつく通天閣に おれの闘志がまた燃える」。この歌で、通天閣の名が全国に広まった。

 通天閣の名称は、高松藩(香川県)出身の儒学者藤沢南岳氏が付けたと伝わる。由来は諸説ある。初代通天閣と共に誕生したルナパーク(遊園地)の開発会社の大阪土地建物社長で、大阪商工会議所会頭だった宇和島藩(愛媛県)出身の土居通夫氏の名前「通」から取り、「天に通じる高い建物」の意味が込められたという説は面白い。「夫」も上の突き出た部分を除けば「天」になる。「通夫」が通天閣の名称になったのならば、ロマンがあっていい。

 通天閣のネオン広告塔のスポンサー選びを巡っても逸話が残る。初代通天閣のスポンサーは「ライオン」だった。2代目再建当時は、終戦直後で経済復興がままならず、手を挙げる企業がなかなか無い中、関西エリアで名を広めたいと日立が名乗りを上げた。「なぜ、関東の企業がスポンサーなのか」という指摘もあったが、広告収入がのどから手が出るほど欲しかった。

 日立に決まった後、松下電器産業創業者の松下幸之助氏が悔しがったという話がある。幸之助氏は後に東京・浅草の雷門再建へ寄進しており、「大阪の敵を江戸で討った」が関係者の間で語り草だ。幸之助氏は大阪電灯で勤務していた若い頃、初代通天閣の電設工事に携わっていた。それだけに通天閣へ熱い思いがあったのかもしれない。

■万博「跡地」に期待

 通天閣が誕生して100年余り。大阪の市民に愛され、たくさんの人に来てもらい、通天閣を守ってくることができた。いま、新型コロナ禍で大変だが、ワクチン、治療薬が開発され、来年の東京五輪パラリンピックや2025年大阪・関西万博の効果で、インバウンド(訪日外国人客)などが新世界、通天閣に戻ってくることを願っている。

 25年万博については「跡地」の利用も楽しみだ。初代通天閣も内国勧業博覧会の跡地に誕生した歴史がある。当時は通天閣とルナパークの間を赤いロープウエーで結び、まさに「新世界」として人々を魅了した。25年万博の跡地も、統合型リゾート施設(IR)の誘致だけでなく、関西の強みである先端医療を活用するような環境を整えてほしい。

 にしがみ・まさあき 1950年、大阪市出身。追手門学院大経済学部卒。74年に通天閣観光へ入社し、社長を経て2019年から現職。大阪市音楽団理事、追手門学院大客員教授。趣味は音楽鑑賞(演歌、ジャズ、クラシック)、将棋、ドライブ。座右の銘は「一念通天」。父親の西上一氏は元通天閣観光社長。

 【通天閣】 初代は1912年完成、現在の2代目は56年に再建された。高さ108メートル。守り神のビリケンは3代目で、通天閣5階(黄金の展望台)に鎮座している。突き出した足の裏をなでると、御利益があるとされている。


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