Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

堀江立花通ユニオン会長 北村 常明さん

2021年9月2日

地域再生の仕掛け人 コロナ禍で再結束を

清掃活動のため集まった堀江立花通ユニオンのメンバーとマスコットの「ホーリー」=2021年7月、大阪市西区のオレンジ・ストリート

 水路を利用した輸送が盛んだった往時、道頓堀川に近い「堀江」(大阪市西区)は、木材、家具の店が集積していた。家具の街として知られたが、郊外の大型家具店が増える中、時代の流れに乗り遅れて衰退。危機感を抱いた若手経営者らがファッション、グルメの店舗誘致や集客イベントを試み、にぎわいを取り戻した経緯がある。地域再生の仕掛け人が、堀江立花通ユニオン会長の北村常明さん(73)だ。新型コロナウイルス禍で地域が再び疲弊する昨今にあって、「もう一度結束し、いい街をつくる原点に立ち返りたい」と考えている。

■客は犬1匹

 日本の家具店は戦後発展した業界だ。以前は、畳にちゃぶ台を置いて食事し、布団を敷いて寝るという「和」の時代だった。戦後になると、日本の暮らしはリビング、ダイニング、キッチン、ベッドルームを使う洋風生活が普及し、家具業界は発展した。私が堀江の「立花通」で事業を始めた1970年代は土曜、日曜、祝日になると、昼食を取れないほど忙しかった。

 しかし、需要が高かった婚礼家具の文化が薄れると、次第に商品が売れなくなり、時代に合った経営を怠る家具店は淘汰(とうた)された。郊外に大型家具店がオープンするようになったこともあり、80年代後半になると、立花通の衰退も顕著になった。立花通の家具店は現在10店舗。最盛期の51店舗に比べると、5分の1だ。当時、客は犬1匹と笑われるほど閑散とした。四つ橋筋の先には若者に人気のアメリカ村があり、しかも、ミナミの繁華街に近いにもかかわらず、立花通はゴーストタウンになっていた。

■愛称を公募

 立花通の愛称を「Orange street(オレンジ・ストリート)」と決定したのは92年のことだ。地元の「協同組合立花通家具秀撰会」と「立花通商店会」の“ジュニア”である私たちが「立花通活性化委員会」を結成し、愛称を公募した。実は、街の活性化と言っても、私たちは素人だった。このため、最初は行政の補助金を活用しながらコンサルタントのアドバイスを受けたが、間もなくして、自ら先進地を視察するなど魅力的な街を考えるようになった。

 アメリカ村の育ての親である日限萬里子さん(故人)にも教えを請うたことがある。「街を発展するためにはどうしたらいいですか」と質問すると、日限さんは「おしゃれな店を引っ張ってくることです」と答えてくれた。私は、以前視察したイギリス・ロンドンの「フルハムロード」を思い浮かべ、その通りにあるような雰囲気の店舗誘致をイメージした。

■目指せ、代官山

 私の知人が経営する東京都内の家具インテリアショップを引っ張って来た際、「誘致は困る」との声が上がった。しかし、私は「仮に100人の客を奪われたとしても、200人の客が増える」と説得し、さらに「活性化に真剣に取り組んでほしい」と訴えた。そうすることで、おしゃれな家具インテリア、ファッション、グルメの店舗がオレンジ・ストリートにそろっていった。

 「目指せ、フルハムロード」と提唱しようとしたが、フルハムロードを知らない人もいる。このため、東京のファッション拠点を引き合いに「目指せ、代官山」と唱えた。情報発信を続けていると、ファッション雑誌が「代官山VS堀江」を特集してくれた。

 フリーマーケットやベストカップルコンテストなど誘客イベントにも力を入れた。オレンジ・ストリートを歩行者天国にする計画も練ったが、警察に呼び出され、失敗に終わった。街の活性化はまさにトライアル・アンド・エラーの連続だった。

■次世代を育成

 2002年に発足した「堀江立花通ユニオン」の理念は、安全・安心でやすらぎのあるおしゃれな街づくりだ。ダストボックスや灰皿スタンドの設置、ボランティアスタッフによる清掃活動、防犯カメラの増設、街路灯の整備などを実施し、街の“番犬”としてマスコット「ホーリー」も活動に参加した。地域交流として大阪市西区の恒例イベント「にし恋マルシェ」にも協賛している。

 活動方針は次の通りだ。

 「衰退の一途だった街が、立花通を中心とした活性化活動によって発展し、今では大阪の注目スポットになりました。上質で文化味のある街を目指し、自主的なビジネス規律と環境改善運動を提唱する次第です。地域の居住者や商業者にメリットがあり、来街者にとって魅力のある街であり続けるために、多くの皆さまと一緒にユニオン活動を進めていくことを願っています」

 堀江立花通ユニオンの会員は現在、75企業・団体を数える。コロナ禍で苦しむ中、もう一度結束し、いい街をつくる原点に立ち返りたい。将来を見据えて、ユニオンの次世代スタッフも育成しなければいけないと思っている。

(聞き手は、深田巧)
 【Orange street(オレンジ・ストリート)】 立花通の愛称。四ツ橋筋〜なにわ筋〜あみだ池筋の間に位置し、全長は800メートル。江戸時代の天保年間の文献をひもとくと、「橘(たちばな)」の字が当てられている。いわば、柑橘(かんきつ)系の地名に由来する格好で、1992年に「Orange street」とネーミングされた。

 きたむら・つねあき
 1947年、大阪市浪速区生まれ。甲南大経営学部卒。在学中はフェンシング部主将。インテリアデザイナーの専門学校にも通った。家具職人の父親が創業した会社(現在のリビングハウス)に入社し、経営を引き継ぐ一方、堀江立花通ユニオンを結成して地域活性化に注力。現在、リビングハウスを次男にバトンタッチし、堀江立花通ユニオンの次世代スタッフ育成にも励む。就寝前のトレーニングが日課。頭と両手を支えに行う三点倒立、腕立て伏せで体を鍛えている。


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