Voice(ボイス)

 大阪を舞台に活躍している“旬な人物”にスポットを当てた大型インタビュー企画「Voice」。それぞれが抱く思いとは。今後の大阪や次世代へ贈るメッセージを語っていただく。

大阪大・大手前大名誉教授 柏木 隆雄さん

2022年3月17日

学生時代に読書を 「人生の知恵学ぶこと多い」

「人とともに 本とともに」

 進学、進級の季節を迎えた。新型コロナウイルス感染拡大による自粛ムードが続く中、学生生活をいかに送るか。大阪大・大手前大名誉教授の柏木隆雄さん(77)は「言葉の面白さを知ってほしい」と読書を勧めている。自身の経験を基に「人生の知恵を学ぶことが多い」のも読書の魅力と説く。

■コロナ禍の授業

 コロナウイルス禍が3年目に入った。この春3年生になる学生は、2年前の入学式に臨むことができなかったばかりか、その後も対面授業ができず、オンライン授業が続いた。高校時代に思い描いた大学生活とまったく違うものになってしまい、本当に気の毒だ。ただ、オンライン授業については、案外うまくいっているように思う。対面では意見を発表しない学生がオンラインになると発言したりする。背景として、スマホを使い慣れていることもあるだろう。教員もオンライン上でのパワーポイントの活用で説明しやすく、学生にとっても理解が容易となる。

 しかし、学生は教員のふとしたつぶやきに生で接することができない。直接触れ合うことによる刺激を、オンラインでは受けにくい。ここの折り合いをどうつけるかが課題だろう。

■古本屋の思い出

 学生時代、早くに両親を亡くした私は、兄姉に援助を仰ぐわけにもいかず、家庭教師のアルバイトだけで暮らした。大阪大(豊中市)に入学した私は、刀根山寮に入寮。家庭教師のバイト先は大半が大阪市内で、寮の最寄り駅である石橋阪大前から梅田駅までの阪急電車内では本を読んで過ごす。片道で、薄い岩波文庫を1冊読み終えた。往復するので、大抵2冊を携えていた。短い時間に根を詰めて読んだので記憶にとどまり、小説の章句や詩の数行が写真のように刻み込まれた。

 大学院時代を含めて9年間暮らした刀根山寮はもともと、進駐米軍の将校宿舎として建てられたもので、13棟あり、まるでバンガローだった。大学4年になると、「メイド」部屋だった個室に入ることができる。ある春の入寮時期に、新入寮生の保護者が私の部屋の前を通り、窓越しにこう言ったことがある。「さすがに阪大は大したものだ。寮にも図書館があるよ」。私は狭い部屋いっぱいに本棚をずらりと並べていたので、この保護者は図書館と勘違いしたようだ。

 家庭教師で大阪市内に出る度に、桜橋の古本屋を訪れ、そのまま心斎橋を歩いて、千日前の古本屋にまで足を延ばした。阪大がある石橋の古本屋にも日参した。ここの主人は司馬遼太郎さんと大阪外国語大の同級生だったと聞く。

 石橋の古本屋には『芥川龍之介全集』がずっと以前から並んでいたが、全10巻のうち、6巻だけが欠けており、このため、通常の値段よりも安かった。ある日、隣町の池田市で一軒の古本屋を見つけて入ると、6巻だけがぽつんとある! すぐさま、石橋の古本屋に電話して、全集がまだあることを確かめ、買うと言った。そして、慌てず、騒がず池田の古本屋で6巻を買った。こうして全10巻を破格に安く買いそろえた思い出もある。

■いいせりふ

 私は三重県松阪市の生まれで、自宅の近くには城跡に立つ市立図書館があり、私の遊び場だった。『世界文学全集』『現代日本小説大系』『日本国民文学全集』などを読んで育った。小学校の図書館では名作『シラノ・ド・ベルジュラック』などを漫画化した手塚治虫の作品を、胸躍らせて読み、これが原作への接近になった。

 本を読むことが好きで、親戚からお年玉をもらうと、『巌窟王』で知られる『モンテ・クリスト伯』を買ったり、中学校の修学旅行先の東京で土産に岩波文庫『金色夜叉』を買って、帰りの夜汽車で読みふけった。本は、あめ玉のように溶けて消えない。何回も繰り返し楽しめる。いいせりふに出合えるのも良かった。

 太宰治に『正義と微笑』がある。俳優志望の少年が、兄の師事する先生に紹介状を書いてもらうと、それに封がされていない。兄のせりふにこうある。

 「紹介状というものはね、持参の当人が見てもかまわないように、わざと封をしていないものなんだ。ほら、そうだろう? 一応こっちでも眼をとおして置いたほうがいいんだよ」

 つまり、紹介状の中身を前もって読めば、それにふさわしからんとする。本を読んでいると、「そうか!」と人生の知恵を学ぶことが多い。

■言葉が豊かに

 今、私は学生に辞書を薦めている。それも紙の辞書。電子辞書と違って、「紙」の辞書は、調べたい言葉の周辺にもつい目が向く。左右に並ぶ言葉や上下にある言葉が視界に入り、その記述を読むことで、知識が増えていく。

 次へ、次へと広がる点でいえば、読書も同じだ。芥川龍之介を読んだ後は、芥川の師匠である夏目漱石の作品を読む。そして、夏目と並び称される森鴎外の作品を読んでいく。読書はそうして無限に広がっていく。

 私たちが発する言葉はもともと、その人が過去に読んだり、聞いたりした言葉から来ている。それを自分なりの言葉に咀嚼(そしゃく)して発している。「言葉は連環している」(幸田露伴)。多くの本を読めば、それだけ発する言葉は豊かになる。言葉の面白さを知ってほしいと思う。(聞き手は深田巧)

 かしわぎ・たかお 1944年、三重県松阪市生まれ。松阪工業高から住友金属工業勤務を経て大阪大に入学。大阪大大学院文学研究科博士課程(フランス文学専攻)単位修了退学。大阪大名誉教授、大手前大前学長・名誉教授。元放送大学大阪学習センター所長。近著に『バルザック詳説』(水声社)。妻の加代子さんもフランス文学者で、京都市立芸大名誉教授。兵庫県西宮市在住。

 【人とともに 本とともに】
 柏木隆雄さんの著書『人とともに 本とともに』(朝日出版社)は、柏木さんが長年勤めた大阪大を定年退職した2008年春に発行。新聞や雑誌などへの寄稿文をまとめた一冊だ。04年度の国立大学法人化を巡って意見した文章がある。
 「『法人化』問題が急に浮上してきた時、世間一般に大きな反応が生まれなかったのはどうしたことだろう…学生も世間も、『入学』には異常な関心を寄せながら、大学そのもの、何を、どう学ぶか、については、それほど期待していないということなのか」
 柏木さんは「最高学府」としての大学のありように言及。「経済原則や世間受けばかりが優先されて、永遠を見据える学問が軽んじられる」と懸念し、筆を執っていた。


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