亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

空気の精 エアリエル

2019年9月23日

恐るべし、ケイト・ブッシュ!

「すぐに戻ります。あなたの脈が二つ打つ前に」(イラスト(C)合間太郎)

 今回は国を特定できない。シェークスピアの『テンペスト』も舞台となる島は国を特定していない。その島でエアリエルは魔法使いに16年間仕える使い魔という存在。自在に飛んで姿を消すこともできる。冒頭で嵐を起こすのもエアリエルの魔力である。『テンペスト』の原書には、エアリエルを「妖精(フェアリー)」ではなく「精霊(スピリット)」と記されている。『テンペスト』の訳書で「妖精エアリエル」と書かれている本が多いが、それはまちがいである。

 エアリエルは空気の精だからこそ、最後は大気に溶けて消えていくのだ。エアリエルのエアは空気のエアーである。また、エアリエルは大天使の名でもあり、旧約聖書のイザヤ書では町の名で、詩人のポープは守護天使と呼んだ。ミルトンの『失楽園』では反逆する堕天使になっている。天王星の第1衛星の名もエアリエルだ。見渡すと、シェークスピアのエアリエル像が正しいのかどうか、疑問に思うほどいろいろある。

 ケイト・ブッシュのアルバム「エアリエル」を改めて聴いた。精霊のヒューヒューという声をバックに「嵐がやってくるわ」と呼びかけ、別の曲では透明人間(エアリエル)になる方法を歌う。すべてのキーワードが嵐であり『テンペスト』の世界を日常と夢と創造の世界に分散させ、展開していく。最終曲でエアリエルは使い魔としての年季が明け、屋根の上で歌い、夜明けの光に溶けてゆく。鳥とエアリエルの笑い声が盛り上がり、それは喜びの声ではあるが、不気味な印象を残して楽曲は終わる。『テンペスト』を背景に、息子バーティへの愛を中心にして、ケイト自身はさらなる世界を目指し、大気に溶けてゆく。

 ここにはエアリエルの、もうひとつの世界がある。精神(スピリット)が風の音とともに描かれ、聴き手は精霊エアリエルを体感できる。しかも、エアリエルの天使的悪魔的要素も忘れず詰め込んでいるではないか。恐るべし、ケイト・ブッシュ!

 (日本妖怪研究所所長)



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