亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

怪人バネ足ジャック(イギリス・ロンドン)

2020年1月27日

ピョンピョン近づく、いたずら者

「2階の屋根まで、ピョーンとひと跳び」(イラスト(C)合間太郎)

 アレクサンドリナ・ヴィクトリアが18歳で王位に就いた1837年。いわゆるヴィクトリア朝の始まりの年に、怪人バネ足ジャックは出現した。ピョンピョン跳ねながら女性に近づき、衣服を剥がすが、ただ驚かすだけ。赤黒い顔に丸い目が火のように燃え、口から硫黄の臭いをさせながらピョーンと跳躍し、ハハハハハハと高笑いして去って行く。

 17歳のウエートレス、ポリー・アダムスが襲われてから、次々と女性が被害に遭うが、皆かすり傷程度で、単にいたずら目的なのである。「バネ足ジャック」という名は、その飛び跳ねる姿から、クツにバネが仕込んであるのだろうと「スプリング・ヒールド・ジャック」と新聞が命名して一般化した。「ジャック」とは特定の人の名ではなく、その点は猟奇殺人鬼「切り裂きジャック」も同じ。「切り裂き」は「バネ足」より約50年後に現れる。

 バネ足ジャックは都市伝説となり、当初はロンドンに限っていたが、しだいに他の都市にも出没するようになって以後100年以上、頻度は減ったが毎年目撃されていた。彼は小説や芝居、コミックの主人公にもなった。正体の最有力候補は、奇行で知られたウォーターフォード侯爵だろうと言われている。怪人の上着の裏にWのイニシャルが縫い付けてあり、笑い声、がっしりした体格、大きく飛び跳ねて着地できる運動神経も侯爵は備えている。

 だが、不思議なことに、彼の死後もバネ足ジャックは出現し続けているのだ。きっと複数の人物が伝説を継承し、実行に移しては新聞紙上をにぎわしていたのだろう。

 産業革命間もない頃のロンドン。工場や造船所が次々と建設されていくが、都市としてのインフラは遅れていて、郊外には照明もなく、警察も組織化されてまだ8年目。警官の数も圧倒的に少ない年に、怪人は出現した。当時のロンドンという都市の背景から生み出された、他国では決して出てこないキャラクターであろう。

(日本妖怪研究所所長)


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