亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

ケルベロス(ギリシャほか)

2020年2月24日

死者の脱出はばむ地獄の番犬

「魔獣ケルベロスに立ち向かうヘラクレス」(イラスト(C)合間太郎)

 ケルベロスはギリシャ神話の「ヘラクレスの12の偉業」に出てくる。これはヘラクレスを恐れ、忌み嫌っているエウリュステウス王が彼に無理難題を言いつける冒険談のこと。きっと怪物に殺されるだろうと思っているところへ、毎回言われたことをやりとげ、ピンピンと平気な顔で彼は帰ってくる。王にとっては怪物よりも恐ろしい男に思えただろう。

 最初は10の難題だったのが、全部クリアされて「10のうちの二つは他の人に助けてもらっている。おまえ一人で、もうあと二つの使命を全うせよ」という言いがかりをつけられ、ヘラクレスは再度出発する。その最後の一つが、この「ケルベロスをつれてこい」という命令だった。しかも素手で。だが、ヘラクレスは少しもおじけづくことなく、エウリュステウス王の前に鎖をつけたケルベロスを引っ立ててくる。王はあまりの恐ろしさから「もうたくさんだ。返してこい」と言うのだから、身勝手にもほどがありますね。

 ケルベロスは頭が三つある猛犬で、顔の周りに無数の蛇を生やす。ダンテの『神曲(しんきょく)』地獄篇にも登場し、地獄の第三圏・貪食者(どんしょくしゃ)の世界で番をしている。『神曲』に目は赤く、ひげは黒々と脂ぎり、腹はふくれ、手には鉤爪があって亡者を八つ裂きにするとあり、むさぼり食うことしか生きがいを感じない猛獣だ。そして魔獣は音楽に弱い。オルフェウスはたて琴を奏で、ケルベロスを眠らせてから冥界へと入っていく。魔獣は笛や琴やハープを好む。

 ケルベロス伝説は、実は、人が犬を番犬として使うようになった時代までさかのぼらなければならない。特にエジプト人が墓守に犬を使っていたことを考えれば、そのときからケルベロスと同じ役割を冥界の王から与えられている。

 われわれの日常生活で番犬は外敵から家を守るのだが、この地獄の番犬は死者の脱出をはばむのが第一義だ。もし、おうちの番犬が外出をはばむ魔獣と化したら…。こんなホラー映画もおもしろいかも。

 (日本妖怪研究所所長)



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