亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

セイレーン(イタリア・ギリシア)

2020年3月23日

彼女の歌を、聞いてはなりません!

「その魅力に逆らうことなく引き込まれてみたい」(イラスト(C)合間太郎)

 今も実際に起こったのかどうか論争となるトロイア戦争。その終結後、英雄オデュッセウスは故国イタキ島へと向かうが、嵐に見舞われ漂流を余儀なくされる。以下に、古代ギリシアの吟遊詩人、ホメロスの記した叙事詩『オデュッセイア』から、少し紹介しよう。

 「私(オデュッセウス)と部下たちは、セイレーンの住む島に船で着いた。そこで私は順々に部下の耳に蝋(ろう)を貼り付けると、帆柱に私を縛りつけさせ、万一、縄をほどいてくれと私が頼んだら、縄をいっそう締め上げろと命じた。そうして櫂(かい)をこいで、船を出航させた」

 これはセイレーンの歌や声を聞くと、もっと聞きたくなり、船の外に飛び出してしまうからである。そうして船を難破させ、セイレーンは船乗りたちをむさぼり食うのである。

 「私は声をもっと聞きたくてたまらず、縄を解けと命じたが、部下が縄の数を増やしてさらに締め上げた。そしてセイレーンの声や歌が聞こえなくなると、私の縄は解かれた」

 セイレーンは上半身が女性で、下半身は海鳥の姿で現れると言われ、絵画や彫刻では鳥の羽を持ったセイレーンが見られる。後に人魚の姿で描かれるようになり、19世紀には、全裸のセイレーンが船乗りたちを誘惑する姿が好まれた。

 われわれの身近にあるセイレーンについて言うと、セイレーンの英語読みは「サイレン」で、これはパトカーや救急車のサイレン(警報)の語源となった。また「スターバックスコーヒー」のマークには、二つの尾を持つ人魚姿のセイレーンが描かれている。イギリスのバンド、ロキシー・ミュージックの1975年のアルバムが、その名も「サイレン」。ジャケットには当時のトップモデル、ジェリー・ホールがセイレーンの姿で岩礁に横たわる。

 たしかにセイレーンは魅力的で、ゲームやマンガ、小説、映画でも人気だ。できれば耳に栓をすることなく、その魅力にゆだねたい。でも食べるのだけはかんべんしてね。

 (日本妖怪研究所所長)



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