亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

クラーケン(ノルウェー)

2020年5月18日

海上の楽園と思いきや

クラーケンの触手が船を襲う!(イラスト(C)合間太郎)

 『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)のバートン版、第538夜目からの「船乗りシンドバッド最初の航海」で、天国の花園かと思うような島に上陸し、料理をしたり洗濯をしたりしていると、船長がいきなり「お客さん方、大急ぎでひっ返してくれ」と叫ぶ。すると島がゆれて乗っていた人もろとも海中に沈んでしまった。島と思ったのは巨大な魚だったのだ。じっと海に浮かんでいる大魚の背に年月を経て砂がつもり、本物の島のようになった。そこに食事の火をおこしたので、背中が熱くなって動きだしたというわけだ。

 このような巨大な海の魚、タコやイカのような頭足類の伝説は世界中にある。その中でも最も知られているのがノルウェーの「クラーケン」だろう。夏の暑い時期に船の下の水位が急に下がることがある。測深機を投げ込んでみると100尋(ひろ)はあるはずなのに30尋もない(1尋は約1・83メートル)。

 つまり、海底と船底の間にクラーケンがいるのだ。でも昔の漁師は慣れたもので、クラーケンの回りには魚がたくさんいることを知っていて、釣り糸をたれると大漁になる。しかし、水位が減り続けるともう危ない。クラーケンが上昇しているということなので、一目散に逃げねばならない。またクラーケンは、この世界と同じだけ長生きするとも言われ、だから一度も、その死骸は見つかっていない。

 風がなく船が進まず、海面が泡立つと、クラーケン出現の前触れである。姿を現したら最後、もう誰も助からない。一人残らず食べられてしまうのだ。これは船乗りの心情を表した怪物なのかも。長い航海で陸地を求める思いと、魔物が潜んでいるかのようなどす黒い海原。恐怖の中にも安らぎを求める心のせめぎ合いが、巨大な怪物を生んだのかもしれない。

 ちなみに冒頭の『千夜一夜物語』では、千一夜、途切れることなく語るのに、最後には王と語り部シャーラザッドの間に3人も子ができているのです。いったいいつの間に…。

 (日本妖怪研究所所長)



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