亀井澄夫の妖精・妖怪世界の旅

エコー(ギリシア)

2022年3月15日

残響の魂燃ゆる

「かなわぬ恋に打ちひしがれていくエコー」(イラスト(C)合間太郎)

 自己愛の深い者をナルシシストと呼ぶが、その語源となったのはギリシア神話に登場する、きゃしゃな体の「ナルキッソス」である。彼に言い寄るニンフは星の数ほどいても、激しい自己愛と、うぬぼれによって、ナルキッソスは誰も愛さなかった。

 一方、響き渡る声を持つ「エコー」は、自らしゃべることができない不自由さを持つニンフ。相手が発する言葉の最後の部分を繰り返すのみ。これは女神ユノー(ヘラ)の呪いによるものである。

 ユノーの夫、ユピテル(ゼウス)は浮気者で、多くのニンフと関係を持ったが、ユノーがその現場に踏み込もうとすると、エコーがわざと長いおしゃべりを仕掛け、ユノーを引き留め、ニンフたちを逃すのである。これに気づいたユノーは、おしゃべり好きのエコーを聞いた言葉の最後を繰り返すだけにしてしまった。これが、現在の音響効果「エコー」の語源である。

 そんなエコーがナルキッソスに恋をした。いくら声をかけようとも、彼女に許されているのは、ナルキッソスの言葉の最後を繰り返すのみ。

 ナルキッソスはある日、泉に写った自分の姿に初めて恋心が芽生え、それが自分自身であると気づいても、恋の炎はかなわぬ恋と知れば知るほど燃え盛り、ついには死を迎えるまでになってしまう。最後の言葉は「むなしい恋の相手よ、さようなら」である。

 それを聞いたエコーは最後の「さようなら」を繰り返し、響き渡らせる。その頃にはエコーもナルキッソスへの思いに打ちひしがれ、肉は朽ち果て、骨は石となり、残ったのは声の響きだけとなった。美しかったエコーの姿もナルキッソスと同様、自滅の道を歩んだのだ。

 このナルキッソスとエコーの関係は、今も身近に残っている。スナックのカラオケで、酒を飲みながらこぶしを回す男たちは、ナルキッソスよろしく自己陶酔のため、元の声がわからないほどエコーをかけまくるのである。

(日本妖怪研究所所長)


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