岡力の「のぞき見雑記帳」

大阪・中津で聖地巡礼の旅

2021年9月14日

『森本薫』の文学碑を訪ねて

公園にひっそりと建つ『森本薫』文学碑

 阪急京都線十三駅で乗り換え。宝塚線、神戸線のホームを俯瞰(ふかん)で眺めながら大阪梅田行が先に来る方で中津駅へ向かう。下車するといつものルーティンで「狭いねん?」とホームの幅にツッコミを入れる。父親の会社があったこともあり幼少の頃から界隈(かいわい)で遊んだ。そんな“中津っ子”には、淀川で「シジミの潮干狩りや」や良いことがあると「世界長ビルにあったフォルクス1号店で会食」などさまざまな「あるある」が存在する。

 なかでも語り継がれるのは大正・昭和初期に活躍した洋画家『佐伯祐三』出生の地である。近隣の小学校にはエントランスに作品(複製)が飾られている。また芸術に知識のなさそうな路地裏を歩く老人も佐伯の話題になると「あれは、いい絵を描きよる」と目の色を変えて語る。現在、墓所は生家である『光徳寺』(中津2丁目)にある。

 サラリーマン時代、幼い頃の楽しかった記憶もあり迷わず中津に住んだ。日課としていたのが現在は工事で入ることのできない河川敷や近隣公園への早朝散歩。その際、リバーサイドにある『中津公園』で見つけたお気に入りスポットがある。前述、佐伯祐三の生家からほど近い場所には地元が生んだもう一人の偉人『森本薫』の文学碑がある。

 1912年に中津6丁目で生まれ育った劇作家・森本薫は旧制北野中学校を経て京都帝国大学文学部英文科に進学。在学中から作家、演出家として活躍し数々の名戯曲を残した。石碑には『女の一生』の一節より「誰が選んでくれたのでもない 自分で選んで歩き出した道ですもの」と激動の時代を生きた女性の思いが刻まれている。

 大阪市では昭和54年から地元にゆかりのある作者や作品の文学碑建立を進めており、各所に文豪の功績をたたえた聖地が点在する。これからの季節、大阪文学の歴史をたどる巡礼の旅をオススメする。(コラムニスト)

■森本薫碑 大阪市北区中津2丁目(中津公園内)


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