会社沿革
明治16年6月 山陰隔日新報創刊
日本海新聞の源流として現在に引き継ぐ

明治18年10月 山陰隔日新報廃刊
鳥取新報が誕生し引き継ぐ

昭和14年10月 鳥取新報、因伯時報、山陰日日新聞の三紙が合同し、山陰同盟「日本海新聞」が誕生

昭和21年9月

山陰日日新聞が米子市に誕生

昭和38年10月 日本海新聞が山陰日日新聞を吸収合併し一県一紙となる

昭和50年6月

経営難により倒産。復刊運動広がる

昭和50年12月 株式会社 新日本海新聞社が設立される

昭和51年5月 日本海新聞の題字と号数を引き継ぎ発行 本社を鳥取市扇町22番地に置く

昭和58年4月 米子市に輪転機を設置し、ファクシミリ送信による
鳥取・米子同時印刷を開始

昭和60年10月 カラー印刷開始
わかとり国体をカラー印刷で発行

平成1年11月 鳥取市富安2丁目にCATVスタジオを備えた新社屋を建設
編集制作局のCTS化を推進し、新輪転機、光ファイリング、システム記者ワープロの導入、ローカルエリアネットワーク(LAN)の実施等 最新のコンピューター制作システムを確立

平成3年6月 発刊15周年を迎え、西部本社を新築移転

平成5年7月 中部本社を設立

平成10年12月 鳥取本社の輪転機を入替。28頁体制を確立

平成11年8月 最新鋭の新聞制作システム(gネットシステム)を導入
紙面素材すべてをデジタル化し、短時間の紙面づくりを可能にした

平成12年8月 大阪日日新聞を傘下の(株)ザ・プレス大阪が吸収

平成15年1月 鳥取本社の輪転機にカラー機を増設

平成16年11月 CTP(Computer To Plate)導入
編集データをダイレクトに刷版処理

平成17年8月 韓国・江原日報社と交流提携調印

平成17年11月 フリーペーパー「週刊大阪日日新聞」創刊

平成19年11月 新聞制作システムを更新(gネットⅡ)

平成20年2月 (株)ザ・プレス大阪を吸収合併

平成21年12月 製作センターを鳥取市五反田町に移転
輪転機を新設し、最大40頁、16頁カラー体制を確立

平成27年3月 新聞制作システムを更新
高精細スクリーニングを導入
環境に優しい印刷で、写真・広告をより美しくクリアに

平成28年5月 発刊40周年

平成29年4月 輪転機カラー増設
カラー面が16頁から24頁へ

平成30年6月 創刊135周年
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